第163話 4回戦(6) Final Round

文字数 2,126文字

「オーポー、ポーポーポ、オーッポポーポポー」
 しばらくすると楽しそうなフランス語の歌とともに、黄金薔薇十字団がバトーに乗ってやってきた。荘厳で雄大なBGMに高音の歌声がよく響く。オポポニーチェはバトーの舳先に立って指揮をとっている。大きく手を広げてご機嫌だ。エリクシール・ポワゾンの性質上、相手にオポポニーチェの存在を意識させる必要がある。これだけ目立てば意識せざるを得ない。
「まぁ! たーくさんの大砲! 襲撃するならまさにここですねー。オーポポポポポ」
 ふいに人影がオポポニーチェを襲う。
 オポポニーチェは後ろに避けた。
ーー最初は誰でしょう?
 「ご名答」モデルのように半身立ちで構える女性。不敵な笑み。アイゼンだ。
ーーいきなり戦略構想家自らの登場ですか。そしてもう1人。
 草むらに隠れる虎のような気配。タンザだ。巨体の一部が見える。バトーに乗り込み挟み撃ちをする作戦のようだ。
ーーエリクシール・ポワゾン。
 オポポニーチェはすかさずファンタジーを使用した。まず黄金薔薇十字団の3人の幻影を作る。自分たちを透明にして、後ろのバトーへと跳び移る。水飛沫やバトーの揺れを幻覚で抑える。フォーとシザーにも後ろへ跳ぶように合図をする。工作は完璧だ。
 だが指令に反応できなかったシザーが一歩出遅れる。
 一瞬の違い。
 タンザがバトーの後部へと降り立った。幻影を本物と勘違いしているタンザは、アイゼンと共に黄金薔薇十字団を挟みこんだつもりだ。だが、オポポニーチェとフォーはすでに幻影を残して後ろのバトーへ移動している。シザーだけが逃げ遅れてアイゼンとタンザに挟まれた。タンザが跳び乗ったバトーは大きく揺れ、水飛沫と波をオポポニーチェたちのバトーにもぶつける。
「死ね」タンザが仁王立ちで吐き捨てる。乗っているバトーの揺れはまだおさまっていない。
ーー今しかない。
 アイゼンは動き出した。アイゼンとタンザの乗るバトー内には黄金薔薇十字団の3人が立っているように見える。タンザと挟み込んでいるとはいえ、普通は狙いにいかない。狭い場所で3人相手に突撃することは無謀だ。
 だが、アイゼンには確信があった。タンザがバトーに乗る直前、オポポニーチェたち3人の動きに映像を繋ぎ合わせたような不自然さを感じた。そしてバトーの揺れ方的に、オポポニーチェとフォーの位置にいたはずの人間が後方に走って逃げた感覚がした。ということは、自分はすでに幻覚にかかっていて、この場にいるのはシザー1人だけという計算が導き出される。
 そしてタンザとシザーの体勢が整ったら、お互いに鈴を奪いあってしまう可能性もある。どちらが鈴をとっても、点差が離れることは今のダビデ王の騎士団にとってきつい。
 シザーの立ち位置が幻覚でズレている可能性は高いが、多少読みが外れても、自分の尻尾は後ろについている。自分の後ろに逃げられない限りは奪られる心配がない。
 アイゼンは大きく両腕を広げ、タンザに向かって突進していった。下を向いて突進すれば敵意が見られない。敵意がなければタンザも攻撃してこない。シザーがいなければいないで、ただ手を広げてタンザにぶつかるだけだ。
 その計算は完璧だった。狼狽えていたシザーはアイゼンの左腕にかすり、そこから体を引っ張られ、なす術もなく鈴をとられた。
「6時31分2秒。黄金薔薇十字団。フォー。アウトだぜ」アナウンスが流れる。
 もちろんオポポニーチェの頭の中には、アイゼンの感覚をズラしてシザーを救おうという考えもよぎっていた。だが、揺れる足場や水の動き、タンザにもかけなければならない幻覚、まだ見えぬ他の敵への警戒などで、寸時の油断もできない。さらに危険を冒してシザーを救出できたとしても、ホムンクルスは頭が悪すぎて戦術に組み込めない。むしろ、これから美しく彼らと死闘を繰り広げる際の足手まといになる可能性が高い。
ーーほぼほぼ成功していたエリクシール・ポワゾンを破るなんて。まずは拍手を差し上げましょう。
 タンザとアイゼンに挟まれている幻覚オポポニーチェは、落ち着き払って拍手をした。
「オーポポポポ。やりますねぇ。さすがはラーガ・ラージャさん。最後の決戦にふさわしいお相手です。そしてタンザさんも……」言いながらオポポニーチェは辺りを見回した。何から気づいて素っ頓狂な声で叫ぶ。
「まーーーーーーーあっっっ!」オポポニーチェはもう一度あたりを見回した。
「貴方たち! 最大戦力で仕掛けてきたのよねぇ? あの子! エスゼロちゃんはいないの? エスゼロちゃんと遊びたかったのにぃ!!」オポポニーチェは地団駄を踏む。
 発狂している無防備な幻影オポポニーチェに、アイゼンとタンザは同時に襲いかかった。思った通り鈴は取れない。スカしてしまう。だが、思った通りなので2人の動きは止まらない。戸惑いもない。お互いの鈴と尻尾を守りながら、どこからきても対応ができるような態勢を整えた。
 自分の五感を信じてはいけない。2人は必殺の一撃を実行するための時間稼ぎをしているに過ぎない。尻尾や鈴を奪われた感覚があろうが、負けたというアナウンスがあろうが、絶対に諦めない。今は現実よりも理想を、五感より信念を信じる時間だ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み