第5話 戦略(1) Tactics

文字数 2,376文字

「おお」
 円卓の間に漂う緊張が、安堵の空気に変わる。
 もちろんフタバは、何の策もなく了解したわけではない。この空気のまとう期待をさらに膨張させる質問や方法はすでにいくつも考えついている。フタバは詩人であるが、同時に戦略コンサルタントをしていた時期もあるのだ。腕が鳴る。
「それでは、問題を解決するといたしましょう」
 背筋を伸ばして声が低くなる。話す速度もゆっくりと落ち着く。フタバの戦略家モードだ。
「まず、解決すべき問題をおさらいです。暗黒と暗闇のオーバーロード。言いづらいので黒王と訳しますが、彼を倒せばいいのですね」
 そうですそうです、とばかりにみんながうなづき、口々に感想を話し出す。ただ、解決策を唱えるものは誰もいない。「困ってる」という声が聞こえるばかりだ。
 フタバは手で制して続ける。
「次に、黒王を倒す方法です。どうすれば彼を倒せると思いますか?」
 会議を盛り上がらせるためにKORの意見を求めるのだが、誰も意見を言わない。
「それではドングルモッチさん。書記長から倒せる方法は何か、お教えください」
 ドングルモッチはモジモジしながら、ヌルヌルと体を動かした。
「えっと、それは……、女王陛下のお友達がいたら倒せるとしか……」
「なるほど。それでいいのです。ありがとう」
 ドングルモッチは喜びの粘液を垂らした。これでいい。こうやって徐々に会議を盛り上がらせる。
「つまり、倒す方法は、お友達を呼ぶことしかない、しいうわけですね? そして、今までのエニグマはお友達が倒していたのですが、今回はお友達が黒王に殺されてしまったというわけですね?」
「殺されたかどうかはわかりません」
 ドングルモッチが積極的に答える。フタバは優しくたずねた。
「どうなったのですか?」
「お友達が暗国に行ったのは確かです。ただ、そこからの足取りが掴めないのです」
ーー消息不明というわけか。
「なるほど。今までお友達はどうやってエニグマを倒していたのか。わかる方はいらっしゃいますか?」
 円卓内を見回したが誰も返事をしない。ドングルモッチも本当にわからないようだ。少し間が空いて、ダビデ王が答えた。
「すまない。彼らは本当に、目の前で何かが起きないと、自分のことしか考えられない生き物なのじゃよ。代わりにワシが答えよう。とはいえ、ゴシップ好きなアルカディアンから聞いた嘘か誠かわからない話を、KOKの生き字引、エベリーンから又聞きしただけじゃがな」
「エベリーンさんは?」
「療養中じゃ。なんせ高齢なものでな」
 ダビデ王は軽く言って続けた。
「エベリーンが言うには、女王陛下のお友達は、アルカディアにおいて誰にも傷をつけられない。リアルでアルカディアンに傷がつけられないのと同じ、つまり、時間軸と空間軸が異なっておるんじゃ。そして、アルカディアにはお友達にしか使うことができない剣がある。その剣がエニグマを倒せるらしい」
 フタバは質問をした。
「話を聞いていると、その武器ってDFみたいですよね? KOQの中に使える者はいなかったのですか?」
 フタバはにこやかに円卓を見回した。DFとはドープ・ファンタジーのことだ。錬金術師にしか扱えない魔法の道具をファンタジーという。ファンタジーにはだいたいの錬金術師が扱えるホープ・ファンタジーと、特定の錬金術師しか扱えないドープ・ファンタジーがある。ほとんどのアルカディアンはホープ・ファンタジーでさえ扱えないが、たまに使える者がいるのでたずねてみたのだ。
 髪が蛇でできている女性が、偉そうに手を挙げる。
「剣を抜くのは楽しそうだということでかなり多くが挑戦したけど、誰一人、ピクリとも動かせなかったわね」
「ありがとう。じゃあ、お友達じゃなくて、他の錬金術師が挑戦したこととかはあるのですか?」
「他の錬金術師?」
 円卓内はざわついた。
「人間は、こちらには基本的に来られませんよ」
 メガネをかけた女性がフタバを睨む。
「いや、行った人はいるはずですよ」
「嘘おっしゃい!」
 女性は金切声をあげたが、横にいた白鬼に抑えられて興奮を鎮められていた。
 ドングルモッチは困った顔をして司会を続けた。
「ええと、確かに女王陛下に呼ばれていないのにアルカディアに入られた錬金術師は何人かいらっしゃいますね。招かれざるお客様、と呼ばれております。ただ、私どもの知る限りでは、彼らは全員、女王陛下によってリアルに戻されております」
「すごいな、女王様の力は」
「そりゃそうさ! なんせ、女王陛下様だからなっ!!
 女性はまだ叫んでいる。こういう時にこちらも興奮すると喧嘩になる。フタバは落ち着いて対応した。
「なるほど。その女王陛下様なら、オイラをアルカディアに連れていってくれたりはしないかな?」
「あんたはダメさっ! お友達じゃないからねっ!」
 メガネをかけた女は暴れていたが、白鬼にメガネを外された途端、おしとやかに黙りこくった。安心してフタバは話を続けた。
「実はオイラのオーラは特殊でね。どんなファンタジーでも、十パーセントの能力だけは使えるという体質なんだ。だから、アルカディアに行くことができれば、きっとなんとかすることができる。それに秘策もあるんだ」
「秘策ですか?」
「ええ。今は不確定要素なのでまだ言えませんが、きっと黒王を倒す成功確率を大幅にあげてくれる秘策です」
「なるほど。信じましょう。けれども、あとはアルカディアに行く方法ですね」
「カーッカッカッカッカ。あるじゃねーか。簡単な方法が」
 円卓の後ろでずっと剣を振っていた上半身裸の男が大声を出す。フタバと同じくらいの年齢だが、肉体年齢はずっと若い。KOK一番隊隊長、山中達也だ。
ーーそういえば、オイラを紹介したのもヤマナカだって言ってたな。お手並み拝見といこうじゃないか。
 フタバはワクワクしてヤマナカの言葉を待った。
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