第114話 狐と狸(3) Outfoxing Each Other

文字数 2,508文字

「ラーガ・ラージャ殿にお尋ねしたい。貴方の作戦に従えば、貴方がたは優勝できるのですか?」
「ええ」アイゼンは、今度は自信を持って、しっかりカンレンと目を合わせた。
「今までの試合結果を思い出してください。私たちKOKは、未だ、どのチームにも完全に負けた試合はありません。オポポニーチェの幻覚も、ヌドランゲタのSVも、対処法は考えてあります。現に2回戦では、オポポニーチェからも鈴を奪っています。SVも受けましたが、全て避け、今でも、誰一人として怪我をしておりません」
「ふーむ」カンレンは腕を組み、しばらく目を閉じた。
 が、考えているのはフリだけだ。すでに腹は決まっている。
ーーよし。
 目を大きく見開き、立ち上がって、アイゼンをじっと見つめた。
「ラーガ・ラージャ殿。わかりました。ただ一つだけ、お願いがあります」
「お願い、ですか?」
「はい。我々の命を貴方に託すというのなら……、リーダーである貴方の実力を試させていただきたい」
 カンレンは3歩下がると向き直り、左手を前に突き出して腰を下ろした。戦闘の構えだ。
ーーなるほど。作戦はいいが、私じゃ勝てるかどうか不安、という訳か。
「いいでしょう」
 アイゼンは立ち上がった。
ーーそれじゃ、見てもらうとしますか。世界一の剣士にして、未来に世界を統べる人間の、そのオーラを。
 こんなところで遅れをとるくらいなら、自分の大きな夢など叶わない。
 アイゼンは、ゆっくりと距離をとった。
 手には何も持っていない。だが、構えは剣道でいう中段の構えだ。
 カンレンは、準備が整ったと判断した。
 足の指で地面をつまむようにしながら、じりじりとアイゼンに近づく。
ーーなるほど。この男、武術家としては超一流。だが……、ここはお行儀のいいルールに守られた試合場ではない。
 アイゼンは、仙術、観の目を使い、武器になるものがないかを探した。
「こぉぉぉぉぉぉ」
ーー立川流八十八式戦闘術、阿修羅救世連撃。
 カンレンは、一足飛びに間合いを詰め、強烈な連撃をアイゼンに浴びせようとした。
 しかし、アイゼンは、正面から闘うつもりが毛頭ない。
ーー水面に映る月は奪おうと思えども掴めず。仙術、水面に漂う月。
 カンレンの攻撃が当たると思う距離にいながら、寸前で必ず当たらない距離に移動する。これによって、カンレンは無駄に体力を削られることになる。リングやケージの中では使えないが、どこまでも広いディズニーランドならではの有用な仙術だ。
ーーこれは当たらぬ。
 カンレンは、一度離れて間合いをとった。
 アイゼンの重心は前のめり。攻撃が来そうだ。だが、来ない。
ーーフェイントが多い。一度呼吸を整えよう。
 カンレンは息を吸う。
 その瞬間、アイゼンは逃走した。独特の摺り足で、するりと地面を滑る。
ーー逃がさん!
 カンレンは、すかさず後を追った。
 アイゼンは、逃げながら武器を探す。
ーーこの辺りにあるものは……、さすがディズニーランド。棒か石ころがあれば完封できるのに、石ころ一つ落ちていない。使えるものは、柵と、木と、ゴミ箱と、ポップコーンを売る台車と、小さな売店と……。
 仙術は、使用者によって臨機応変に改良が施される。サオリとアイゼンの師匠、ミハエルが教えた仙術は、ミハエルが元々ロシアの軍隊にいたという経緯もあって、システマという軍隊格闘術が組み込まれている。システマにはこういう教えがある。
「強いというのは、その場の状況にあった最良の方法を、いち早く実行に移すという事だ」と。
ーーこの場で一番、相手に自分の実力を思い知らせるには、観蓮と直接相対して圧勝してみせる事だ。ただし、まともにぶつかって圧勝する事は難しい。次善の策として考えられるのは、ただ、圧勝してみせること。
 アイゼンは、売店の近くまでカンレンを誘う。
 そして、一気に後ろを向き、売店の裏側へと逃げ出した。
ーー観蓮が追いかけてこないのなら、裏から茂みの枝を数本折り、手の中で細かくちぎって武器にする。走って追いかけてくるなら、仙術、天空地形図でカンレンの位置を知り、売店の角を曲がった瞬間を狙い撃ちする。
 カンレンは追いかけてきた。
ーー屋根の上に行く。下にしゃがむ。駆け抜ける。
 アイゼンは、たくさんの選択肢の中から瞬時に最適解を選ぶ。選んだ答えは、仙術、苔蒸す細石の巌を使い、気配を消して、茂みの影に隠れることだ。
ーーちょうどいい枝がある。この枝で下から観蓮のノドを突く。
 アイゼンは、茂みの一つを蹴り取り、そのまま塊ごと売店の上に投げた。同時に、茂みに隠れる。
 ゴトッ。
 売店の屋根に、茂みの塊が落ちる音。
ーー上か! 貴殿が身軽なことは知っている。
 この程度の小さな音、常人ならば見過ごしていただろう。だが、カンレンは、罠を恐れて飛びすさり、少し遠間から売店の裏側をのぞき見た。
 アイゼンはいない。
 あたりは静まりかえっている。気配もない。
ーーやはり上か。1回戦も油断をして尻尾を取られたのだ。二の轍は踏まぬ。
 奇襲をされないよう、注意深く、屋根の上を覗いてみる。
ーーいない。
 首を傾げたその瞬間、カンレンの喉元には、木の枝の冷たい感触が突きつけられていた。下を見ると、アイゼンがしゃがんだまま、枝を持った右手を伸ばしている。仙術、真夜中の黒猫歩法で近づいていたのだ。
「どうでしょう?」アイゼンは立ち上がり、埃を払うと、高圧的な目で、今まで気配すら押さえていたオーラを全開に出した。
 カンレンは、やられた事だけではなく、アイゼンが強いオーラを持っている事にも驚いた。消していたオーラを突然最大で出せば、通常以上にオーラが大きいと感じられる。
 カンレンはアイゼンの策にはまった。
ーーこれならば託すに値する。少なくとも、拙僧らよりも優勝する可能性が高い。
 カンレンは、合掌してこうべを垂れた。
「お見事でした。すぐに寂乗・観照と話をさせてもらいます」
 アイゼンは笑顔で握手を求めた。
「ありがとうございます。必ずや、力を合わせて彼らに勝利しましょう」
 2人は、握手を交わして別れた。アイゼンは親和性の法則を意識し、少し力強く握る事と、普段より近づいて握る事を忘れなかった。
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