第208話 666(1) 666

文字数 1,645文字

「それまで!! 6時66分ジャスト!! エスゼロの場外転落により、勝者、タンザ・ドゥルベッコ! リリウス・ヌドリーナが優勝となります!!!」
 手に汗握る大接戦の結末に、客は大騒ぎだ。誰も異論がない。
ーーえ?
 サオリは耳を疑った。
ーーアタピ、落ちてない……。
 ストッピング・ストーンの連続使用。地面に体は触れていない。ギリギリでも落ちずにステージに戻れたのだから、勝ちは完全に自分だ。
 ただ、勢いは真実を消しとばす。もしもサオリが社会人だったら、たくさんの会議の中で声と勢いが強い人の意見が採用される場面を何度も見て知っていただろう。対応策だって考えついたはずだ。
 だが、サオリはまだ高校生。正しいことを伝えたいが、どう他人に説明すれば判定が覆るのか、まったく見当がつかなかった。
ーー審判は間違ってる。間違ってるのに……。
 茫然自失に陥るサオリに、タンザが近づいてくる。後ろにはステージに上がったビンゴとボルサリーノを引き連れている。
 ビンゴは医療チームと共に、タンザの潰れた右腕を心配している。だが、タンザは、ビンゴの大きな体を押しのけてサオリに声をかけた。
「ケガはないか?」
 サオリはうなづいた。モード・アルキメストを使用していたのだ。落下エネルギーがかかったため、両膝には違和感を感じる。が、それ以外はかすり傷ひとつない。
「強かったぞ」タンザは左手を出した。
ーー相手の敬意に応えなきゃ。
 けれども、サオリは手を出せなかった。手を出したら負けを認めることになるからだ。どうしても自分の負けが認められない。タンザを見上げたまま、涙が頬を伝う。
ーーなんて負けん気の強いガキだ。
 タンザは、サオリが負けを認めないことに驚いた。だが、一回り年齢の離れた少女が流す涙は、心を揺さぶるものがある。
 少し遅れて、アイゼンとギンジロウがようやくやってきた。二人とも大怪我を負っている。歩くのも大変だ。
 アイゼンは、サオリの頭を撫でた。
「よくやったね」
 アイゼンは、サオリの顔を見た瞬間、サオリの気持ちを感じとった。アイゼンも同じ気持ちを抱いていたのだ。
「負けてない、って言いたいんでしょ? 大丈夫。審判がなんと言おうと、私だけは分かっているわ」
ーーさすがに甘やかしすぎじゃねぇか?
 タンザは少し訝しんだ。アイゼンは、心の声が聞こえてでもいるかのように、タンザを見上げて明るく言った。
「エスゼロは負けてないよ。これは慰めではなく、本当のこと」
「場外に落ちただろ」敬意を持っているというのに、タンザの口から思わず、情け容赦のないツッコミがついて出た。アイゼンの顔は変わらず朗らかだ。全く気分を害していない。
「エスゼロは落ちてないよ。ほら。地面を見て」アイゼンは、先ほどサオリが落下したと判定された地面を指さした。
「もしあの勢いで落ちてたら、サオリの履いてる運動靴はゴム底だから、絶対、地面に削れるよね」
 タンザは地面を見た後、改めてステージの上を見た。確かに、サオリの靴底のゴムの軌跡が、自分の靴縁の跡と共に残っている。そして、落下判定された地面には、靴底のゴムの跡が全くない。
ーーということは……。
 サオリが場外に出ていないという何よりの証だ。
 タンザはアイゼンを見た。
「これは錬金術なの。空中に見えない物体を生成する技。あなたの右腕を壊したのと同じ技よ」
 タンザは、サオリの手のひらの形に壊された自分の右手を見た。そして、落ちる直前に落下の向きが変わった現象。あれはどう考えても自然落下の中で起きることではない。そして、ステージの横側が壊れるほどの衝撃を受けてまでステージに戻ってきたサオリの動き。どんな攻撃を受けても傷を負わなかったのに、今はダメージを両膝に抱えているということの意味。そして、負けてないという顔をしているサオリの表情。
ーーなるほど。最初は手のひらに物体を生成して俺のSVを潰し、落下した時は足に物体を生成して転落を逃れた、というわけか。
 タンザは頭がいい。簡単な説明で全てを理解した。
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