第138話 3回戦(19) Third Round

文字数 2,198文字

「正直に言わないと死んでしまう時間、がやってまいりました」
 ノドに穴が開いているのだ。サオリもさすがに逆らうことができない。
「ヒーッ」ピョーピルは全員、頭を抱える。
 クマオだけはチャンスを探そうと、勇敢な目を崩していない。
「貴方、カトゥーの娘なんですって?」
 サオリは動けない。鏡越しに目を合わせて、そうだ、という意思表示をした。
「なぜ、この大会に参加したのですか?」
 サオリは、喋るとノドが切れてしまうような予感がしたので、口を開けることを躊躇った。
「あら。ノドに爪が刺さったままでしたね」
 オポポニーチェは爪を引き抜いた。嫌な感覚。
 きゅぽ。
 抜けた。血は吹き出さない。
ーー傷跡が残らないといいな。
 なぜか傷口や痛いところはさすりたくなる。首跡を触りたい欲望に耐えながら、サオリは淡々と参加理由を話した。
「これに勝ったらKOKに入団できるて言われた」
「貴方はKOKに入りたいのですか?」
 サオリは首を振った。
「でも、リアルカディアに戻りたい」リアルカディアはサオリにとっての夢の国だ。大好きなアルカディアンもたくさんいる。
「なるほど」
 オポポニーチェは合点がいったようだ。何度も何度もうなづいた。
「なんでそんなこと聞くの?」疑問が恐怖を上回る。
 オポポニーチェは意外な顔をして応えた。
「だって、貴方のパパンはカトゥー。間違いないわよね?」
 サオリはうなづいた。
「もしカトゥーの子供だと知られて裏社会のゲームに参加したら、誰かに殺されてしまう可能性だってある。そうは思わなかったのですか?」
ーーえ?
 予想外な回答だ。
 サオリは、自分の中でもやもやとしていたことについて尋ねた。
「アタピのパパて悪い人?」
 カトゥーの評価はまちまちだ。ヤマナカやモフフローゼンは褒めていた。ネーフェは泥棒扱いしていた。タンザは恩人だと言っていた。
 オポポニーチェは少し考えた。
「そうねぇ。ダークヒーロー、といった感じですか、ね」何かを思い出しているようだ。オポポニーチェの口から一筋の涎が垂れる。
「ま、私にとっては、自分を殺した相手、ですけどもね。オーッポッポッポ」
ーー殺した?
 生きている相手に言われると、思った以上にゾクゾクとする。
「アタピ、パパのこと、もっと知りたい」
 出口が近づいてくる。
「そうですねぇ。貴方、カトゥーから何か、手書きの書類を受け取りませんでしたか?」
ーー仙術の書のこと?
「受け取った」サオリはまだ16歳だ。駆け引きを知らない。正直に答えた。
ーー純粋でいいわね。
 オポポニーチェは微笑んだ。
「それでは、賭けをしませんか? 貴方たちが勝利したら、カトゥーについて、私が知っている限りのことを教えましょう。その代わり、もし私たちが勝利したら、その書類を見せてください」
「渡さなくていいの?」
「ええ。一度見せるだけ。それだけで充分です。貴方がいる前でいいですよ」
「わかた」
ーー素直な子ね。久々に見たわ。今すぐ殺して、私だけの子にしてしまいたい。
 オポポニーチェの脳内に、とんでもない快楽の波が押し寄せてきた。が、押さえ込む。表情にも出さない。
「オポポ。契約成立ですね。貴方の命を奪うのはやめにしておきましょう、仔猫ちゃん」
 オポポニーチェは蕩けた笑みを浮かべ、サオリの首についている鈴を軽く爪で引っ掛けて取った。
「4時27分13秒。ネコチーム。ダビデ王の騎士団。エスゼロ。アウトー。ネコチーム全滅により、3回戦はこれにて終了となります!!!」アナウンスが響く。

 本気を出した人間価値Aランカーの実力。奇跡が起きる可能性を微塵も感じさせない圧倒的な勝利。
 3回戦はあっけないほどあっさりと幕を閉じた。
「そうそう。これに勝ったらリアルカディアに戻れる。そう仰っていましたね。けれども、もし万が一勝ったとしても、貴方はきっと、二度とリアルカディアに足を踏み入れることはないでしょう」
ーーどーゆこと?
 振り向いた時には、すでにオポポニーチェの姿は影も形も亡霊もなかった。
「おめでとう。あなたが1000人目の亡霊だ。亡霊たちの祝福は、貴方がまたこの館に戻ってくるまで続くのです」アナウンスが響く。
 通路の出口。
 白い花嫁衣装をまとった少女の亡霊が座っている。
 顔は……サオリだ。
 サオリがサオリを見下ろしている。
「早く戻ってきてね。私たちの仲間になるって決めたら、死亡証明書を持ってきて。私たち、すっごく貴方を求めているんだから」
ーーアタピQT。写真撮りたい。
 サオリは首筋を押さえながら、花嫁の亡霊をじっと見つめ返した。
「セーフティバーは私があげる。それに、亡霊の1人をあなたの家までお供させようかな。さあ、足下に気をつけて。またここに帰る日まで、どうぞご無事で……」優しいゴーストアナウンスの指示通り、サオリはじっと座っていた。
 動かないので2人のメイドに抱えられ、ホーンデットマンションの出口まで案内されていく。
ーーオポさんは、なんでアタピがパパの娘だって知ってたんだろ? なんでアタピのパパにたいして興味を持ってんだろ? なんでパパが書いた仙術ノートに興味をもってんだろ?
 サオリは考えがまとまらない。全ての神経を脳みそに集中させているので、足下がおぼつかない。
 恐ろしかったのだろう。ピョーピルもクマオも一切の言葉を発しなかった。
 サオリは、メイドに引きずられるようにしてアイゼンたちと合流した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み