第183話 4回戦(26) Final Round

文字数 2,403文字

 ビンゴの鈴を蹴飛ばしたまま1回転。アイゼンは地面に足をついた。だが勢いは止められない。このままではギンジロウと戦闘中のタンザの方へ、バランスを崩したまま飛んでいってしまう。
ーーどうせ飛ぶなら自分の意思で飛ぶ。
 アイゼンはギンジロウとタンザの位置を確認し、地面を蹴ってさらに側転を加速させた。もう一回転してそのままタンザに攻撃を仕掛ける。いくつか考えていたパターンのうちの一つだ。
 高さはタンザの肩より上。目標はタンザのアゴだ。カポエラの要領で横から蹴り飛ばす。届かなければタンザの右腕を踏み台にして体勢を立て直す。
 もちろん、こんな不十分な体勢でタンザのスーパー・ヴェローチェを喰らえばひとたまりも無い。だが、タンザのスーパー・ヴェローチェは足だ。足は構造上、至近距離の真横には攻撃を繰り出せない。
 それでもタンザは山のような体格だ。その攻撃力は相撲力士を超える。スーパー・ヴェローチェを使うまでもない。タンザが右腕を振れば、アイゼンなどは簡単に数メートルは殴り飛ばされてしまうだろう。
 勝てないのは分かっている。それでもアイゼンが攻撃を仕掛ける理由は、ギンジロウにタンザの鈴を奪わせるためだった。ビンゴの鈴は奪えた。後はタンザへの攻撃に集中力を全振りできる。
ーー回転しながら体軸を保つことに60パーセント。攻撃に10パーセント。タンザへの防御に20パーセント。残りの10パーセントでボルサリーノをおびき寄せる。
 アイゼンの100パーセント。余裕を1パーセントも残さない。失敗すれば仕切り直すかリタイアだ。脳からはアドレナリンが出ているので、ダメージはまだ感じられない。だが数秒後には、ビンゴの攻撃で与えられた故障に体が気づくだろう。あれだけ強く攻撃されたのだ。骨が折れていれば、心が折れずとも100パーセントのコンディションでは動けなくなる。今だけが自分の体を正常に使用できる機会だ。
 アイゼンは側転しながら高く跳び、身を丸め、これ見よがしに自分のお尻をボルサリーノの近くに差し出した。ボルサリーノが手を伸ばせば、アイゼンの尻尾が簡単に取れる。そして目線も、わざとボルサリーノには合わせない。
 ボルサリーノは、タンザから「鈴を守れ」と命令されていた。だが、チャンスが目の前でお尻を振っている。
 一見ビビリに見えるが、元来ボルサリーノは勇気のある人間だ。3回戦こそ怖がっていたが、1回戦も2回戦も「嫌だ嫌だ」と言いながら自分から進んで活躍をしていた。いざという時に勝手に体が動く。そういうタイプの人間なのだ。
 さらに、サオリのちょっかいによって思考能力が下がっている。
ーーどうしても欲しいでヤンス。
 チャンスは待ってくれない。ボルサリーノは躊躇いなく決心した。三日間食べていない遭難者のような餓鬼顔で、細い腕を片方、アイゼンの尻尾めがけて伸ばす。
ーー今!
 タンザの一撃を予防していた20パーセントをすべて消費。さらに自分の全胆力を上乗せする。防御力は完全に0だ。
ーーフジワラノアイゼン! 限界を超えろ!!
 回転しながら片足を伸ばす。お尻がボルサリーノから少しだけ離れる。
ーーこの足はアッシに向かってきてはいないでヤンス。
 ボルサリーノはアイゼンの尻尾を掴むために身を乗り出した。タンザの鈴を守る手がおろそかになる。アイゼンの攻撃はタンザの少し後方からだ。タンザは防御のために右手を上げているので、死角になっている。そこにアイゼンの伸ばした足。
 アイゼンの筋力はボルサリーノの3倍は強い。さらに腕ではなく足での攻撃。計算上では威力は6倍だ。

 タンザもボルサリーノが傾いたことは首にかかる重みで分かっていた。同時にアイゼンの足が首めがけて飛んできたことも分かった。
ーー右手で撃墜してやる。
 だが、自分の首の防御がおろそかになっている。無駄にボルサリーノが動いたからだ。
 それでも反射的に、タンザは右拳をアイゼンの体に撃ち下ろした。
 アイゼンは無防備だ。完全に当たる。
 が、アイゼンの足もタンザの首に当たっている。ボルサリーノの腕は蹴飛ばされて離れ、タンザの鈴が無防備になった。
 もちろんギンジロウは見逃さない。本気の突進を仕掛けている。
 アイゼンを撃ち落とした右腕を戻す時間はない。しかし、タンザは喧嘩の天才だ。殴った勢いを利用して左肩をギンジロウに突き出した。こうすれば鈴は奪られない。
 ボルサリーノは完全にタンザから離れたが、見事にアイゼンの尻尾を掴んだ。
ーー勝った。
 タンザにはギンジロウの竹刀が迫る。
 凄まじい気迫。
 いくら肩に当たるとはいえ、90キロの体重が猛スピードで剣先に乗せられている。もちろん怪我はするだろう。だが、それでもタンザにはギンジロウに勝てる自信がある。
ーー耐えて攻撃だ。
 剣尖が一直線に、ギンジロウの全ての重みを集中させて飛び込んでくる。
 その瞬間、タンザの右拳が勝手に動いた。
 ギンジロウは竹刀の軌道を下げ、右手1本の片手突きに変える。
ーーSV!
 タンザのハンマーのような右の一撃は、ギンジロウの胸を撃ち砕いた。
 だが、防御と引き換えに伸ばした片手突きは剣士の魂を乗せ、見事に巨獣の鈴を弾き飛ばしていた。
 タンザは根っからの戦闘マシーンだった。鈴を奪われまいと策を練ったが、ギンジロウの殺気に反応してしまった。体が勝手に攻撃をしてしまった。隠し続けていた腕でのスーパー・ヴェローチェを発動させてしまった。
ーーあいつ、俺の目を狙ってきやがった。
 サオリやアイゼンなら、相手に一生残る致命傷を与える攻撃はできない。だが、ギンジロウには1ミリも躊躇がなかった。これがタンザの敗因だ。
「41分11秒。ネコチーム。リリウス・ヌドリーナ。ビンゴ。13秒。タンザ。同13秒。ネズミチーム。ダビデ王の騎士団。ラーガ・ラージャ。3人同時にアウトだー!」ジョニー・デップが右拳を突き上げて叫んだ。
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