第20話 決勝戦(2) Final Round

文字数 1,672文字

 この4分間、アイゼンは牙無き小動物に擬態していた。
 相手の嗜虐性を掻き立てるような動き。
 いつでも倒せる。徐々に弱らせ、最後、延長戦で倒せればいい。
 そう思わせる動きを工夫していた。
 最後には、相手の喉元に深々と牙を突き立てるために。

 この半年間、自分より力の強い男性に勝つための戦法を練ってきた。今後、ダビデ王の騎士団で活躍するにあたり、避けては通れない道だったからだ。
 その結果、相手の力を利用する返し技に、光明を見出していた。
 道場で練習しただけではない。ヤマナカにも剣術を教わった。クエストでも実戦を積み重ねた。そして、謹慎期間中、二ヶ月のシュミレーション。
 その上、アイゼンは今まで、女子の大会にしか出場していない。
 女子相手で180cm以上の選手はいない。結果、背の高さを利用した、遠間からの力押しの試合が多かった。
 そのやり方では、自分よりも力も強く、背が高い男子には通用しない。男の対戦相手は、アイゼンのことをさして研究しなかった。
 そのため、今大会では簡単に返し技が決まった。

 だが、ミサオほどの実力差があると、簡単には通用しない。アイゼンは、それを逆手にとり、返し技を、牽制の役目として使用した。ミサオに5分間、100%の力で攻められ続けられたら勝ち目はない。ゆえに、100%で攻めると返し技を喰らう可能性がある、と思わせ続けた。

 一方、ミサオは賭けをしない。
 1割でも失敗する可能性があれば、攻めていかない。相手の隙をひたすら待つ。だからこそ、無敗を保っていられるのだ。
 もちろん、試合は本気を出しているつもりだ。だが、知らず知らずのうちに、80%の力しか使っていない。そういう癖がついてしまった。いざという時に備えて20%の力を抑えている。
 それでも、試合に勝てるだけの高いポテンシャルがあるというのは、他の選手との実力の差がかなりあるという証拠だ。

 だが、それゆえに、アイゼンの時間稼ぎに、まんまとはまってしまっている。
 ミサオは、80%の力でひたすら攻め続けた。
 とはいえアイゼンも、行動パターン分析や事前察知能力を駆使して避けてはいるが、今までの対戦相手とは違う。全てが避けられる訳ではない。きわどいシーンもある。
 決勝戦までは、スペインの闘牛士のように華麗に闘っていたアイゼン。
 だが、ミサオの前では、台風に巻きこまれた子牛だ。
 右に左に弾き飛ばされる。
 面の横。
 小手の上。
 面の縁がねに突き。
 それでもアイゼンは体幹を崩さず、決定打だけは打たれなかった。

 何回倒されただろう。
 アイゼンはまたも弾き飛ばされた。
 試合場のラインをはるかに越える。
 ゴロゴロゴロゴロ。
 三回転がり、地面に叩きつけられた。
 こうやって派手に飛ぶことで、5秒程度の時間を稼いでいる。
「やめ!」
 審判の声が轟く。
 アドレナリンが出ているので全く痛くない。
 アイゼンは立ち上がり、袴の埃を払った。
 深く呼吸。
 二、三度軽く飛び跳ね、何事もなかったかのように、中央の開始線に戻る。
 壁に取り付けられた電光掲示板を見る。
 4:07。

ーーよし。4分過ぎた。体はまだ動く。自分の120%をあと1分。一瞬なら130 %までいける。そして……
 アイゼンは観客席をちらりと見た。その先にはピーチーズがいる。サオリだけがいない。
ーー勝負どころは今!
 面の奥にある美しい瞳が、意志を帯びて光り輝く。
 ミサオの視線と初めて交わる。アイゼンは殺気を押さえ、いたずらな妖精のように微笑み、すぐに目線をそらした。
 上気した肌。
 油断を誘う笑み。
 尊敬しているミサオと戦わせていただけて光栄です、とでもいうような弱者の表情。
 極力、ミサオの全力を奪う。

 再び、互いに蹲踞。
 竹刀を構える。
 呼吸を整える。
 普通は、ここで視線を合わせる。
 だが、先ほど無駄に視線を合わせておきながら、今度は視線を合わせない。

 審判の試合開始の合図寸前。
 アイゼンは、ポツリと口から言葉をこぼした。

「さおり」

 ミサオが動揺するのと、審判が「はじめ!」と言うのは、まったく同時だった。
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