第73話 次のステージ(1) Next Stage

文字数 2,355文字

「人波に消えてしまいましたね、ダイナソン」クーは苦笑して、解説を続けた。
「それでは、マックス・ビーからお伺いしましょう。1回戦。終えてみてどうでしたか?」
 マックス・ビーは口ひげを触った。
「うーむ。MVPを獲得したタンザ。あいつはやばいな。もし、俺が現役だったら戦ってみたい。そう思うほどの相手だ。ホントにCランクか? なんだ? あの、SVとかいう技は」
 クーは、手元にある資料を見ながら答える。
「ええ。タンザ・ドゥルベッコ。間違いなくC+++ですね。ただ、人間価値ランキングにおいて、犯罪者の評価は低くされがちという傾向があります。実際はもっと強いのかもしれません」クーは電子書類のページを捲る。
「あ、ありました! 資料によりますと、タンザとビンゴが使うあの技は、スーパー・ヴェローチェというそうです。あの加速する技で数々の敵対組織を壊滅してきたと書いてあります」
「でもあれって、明らかに人間の攻撃速度を超えてるよね? なんか武器とか使ってるんじゃないの?」フタバは抗議する口調でもなく、のんびりと感想を述べた。
「ん? 武器使用は反則だろ? 問題ないのか?」マックス・ビーは、サングラスを頭の上にずらした。
「私たち委員会では、事前にレントゲン検査を含めたボディチェックや持ち物チェックはおこないました。そして、全てのチームが武器を持っていないことが確認できております」
「なるほど。委員会が決定しているのだな。ならば仕方がない」マックス・ビーは納得する。試合においては審判が絶対的なのだ。審判にバレなければ何をしても良い。不正なくという心意気は立派だが、これは試合だ。勝たなければ意味がない。
「ま、ザ・ゲームなんだ。何が起きてもなんとかしなきゃね」フタバは、物事を看過する黄色いメガネのファンタジー、ムーン・グラシィズをかけている。タンザとビンゴがファンタジーのようなものを使用していることは解析できた。革手袋と靴下に、オーラで発動する仕掛けが施されている。
 けれども、試合というのはこういうものだ。サオリもS3DFの腕輪、クルクルクラウンをつけている。ルール内で闘うのだからなんでもやればいい。
「そうですね。いちおう再度、スタッフには検査をしてもらいましょう。さて、1回戦では、タンザとビンゴのSVを見ることができました。凄まじい攻撃力でしたね。こうなるとやはり、リリウス・ヌドリーナの優位は動かない、と見ますか?」
「いやいや。オイラはそれでも、KOKをお勧めするね」フタバはあいかわらず言葉に迷いがない。ファンだから好きな選手を信じる。当然のことだ。
「でも、今回、何もしませんでしたよね」クーが疑問を投げかける。
「何もしなかったんじゃない。何もできなかっただけだ」マックス・ビーは薄ら笑った。
「それはどうかな?」フタバも笑った。
「他の2チームはどうですか?」クーは割って入る。ゲスト解説者同士で喧嘩をされてはたまらない。
「その前に、2回戦の試合場を教えてくれないか? その方が予想しやすい」マックス・ビーは、クーにズイと詰め寄った。フタバは、ニヤニヤしながらうなづいている。2人とも全く怒っていない。喧嘩しているように見えたのは、カジノに来てくれたお客さんを楽しませるための、プロレスのような演出だ。
 下を見ると、客は先ほどよりもさらに興奮し、2回戦の試合場を早く知りたがっていることがよく分かる。
ーーなるほど……。空気が読めるのは、この2人の方が上か。
 クーは感心しながら進行を開始した。
「わかりました! それでは、2回戦の試合場を聞いてから、改めて、他の2チームを含めた勝敗予想を聞いてみましょう! クリケット!! お願いします!」

 試合のハイライトが流れていた巨大スクリーンは切り替わる。画面いっぱいに、東京ディズニーランドにいる、ジムニー・クリケットが映し出された。
 緑色の地面。淡いパステルカラーの機械的な建物、イッツ・ア・スモールワールドが見える。クリケットたちは、まだ、1回戦の舞台となったアトラクション、アリスのティーパーティーの前にいた。キャストたちが、慌ただしく片付けや準備を進めている。
 クリケットは慌ててマイクを持ち、イヤホンを耳に押し込んだ。
ーー2回戦の試合場を発表する予定時間は1時6分のはずなのに。
 だが、さすがはプロだ。突然の中継に焦りながらも、進行を開始した。
「はい! こちら、現地の東京ディズニーランドです。いやー。凄い試合でしたねー。まさか、リリウス・ヌドリーナの一方的な勝利とは」
「クリケット! お客さんから、早く次の試合場を聞けと脅されているんですよ。教えてくれませんか?」クーは、おどけた口調でクリケットに頼んだ。
 客の歓声が聞こえる。全員が心から、このエンターテイメントを楽しんでいる。欧米人のノリだ。
「おお! そちら、ワイアヌエヌエ・カジノは盛り上がっているようですねー。それでは少し早いですが……、お教えいたしましょう!」
 クリケットは、他の審判団と短い言葉を交わし、再び振り返った。1枚の紙を持っている。
「2回戦。リリウス・ヌドリーナが選択した試合場は……」
 クリケットは少し溜めた後、紙を開き、驚いた顔をして画面を見た。

 ゴクッ。
 客は固唾をのんで見まもる。
ーー次はエスゼロにとって、良い試合場になりますように。
 ヒナは祈った。

「あちらです!」
 クリケットが、大袈裟な手振りで、自分の前方を指差した。
 カメラマンが後ろを向く。
 そこには、木々に囲まれた、5メートルを超える巨大な本のオブジェが建っていた。本は見開きになっている。
 ページには、英文字と共に、風船に捕まって飛んでいる黄色いクマの絵が描かれていた。誰もが見たことのあるクマのキャラクターだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み