第148話 黄金色的散歩(1) Golden Stroll

文字数 1,548文字

 3回戦終了後、サオリはギンジロウと共にラウンジに戻ってきていた。水を飲み、瞑想して心を落ち着かせる。心身を整える作業は毎日修行している。10分もあれば十分だ。最終戦に向けての準備は整った。だが、3回戦は20分ほどで終わっている。時間はまだ1時間以上もある。
ーーどしよ、かなー。
 サオリの身体は力がみなぎり、軽く興奮し続けている。何か楽しいことがしたい。だが、ラウンジにアイゼンはいない。ギンジロウと2人きりだ。
ーーギンさん。嫌いじゃないけど、面白くないんだよな。
 ギンジロウの面白い話は冒険譚と錬金術と戦闘術だけだ。それも熱中すると全ての話が自慢話に変わる。それ以外では妙に気を使ってくる。サオリの創造力をことごとく阻害する。
ーー創造力? 想像といえば。
 空想は創造と想像のどちらに分類されるのだろう。サオリは4回戦について空想した。試合場についてはアイゼンから聞いている。
ーーアドベンチャーランド、かぁ。
 今までの試合は全て近くのファンタジーランドでおこなわれていたが、カリブの海賊があるアドベンチャーランドは、サオリたちのラウンジがあるトゥーンタウンから一番遠い。試合前の自由時間はウエスタンランドのカントリーベア・シアターに行っていた。アドベンチャーランドにはまだ行ったことがない。
ーー行こかな?
 こういう時にはより好奇心をそそる行動をする。サオリにとっては当然だ。ピョーピルとクマオも「さんせい、さんせい、大さんせい!」と両手をあげている。
ーー我ながら良いこと思いついた。
「外、いてくる」
 サオリはギンジロウに一言言い残し、アドベンチャーランドまで足を運ぶことにした。
 外に出る。
ーーうわ。気分、転換した!
 真夏とはいえ午前5時前。最も涼しい時間帯だ。湿気をはらんだ潮風でも気持ちがいい。鳥たちの鳴き声や汽車の通る音が聞こえる。
ーー後2時間。ここで全てが決まるのかぁ。
 散歩をすること10分。サオリはパイレーツ・オブ・ザ・カリビアンと書かれた看板がついている洋館に到着した。感慨深く建物を眺め、正面から堂々と立ってみる。
ーー絶対やってやる。
 サオリが決意を固めていると、カリブの海賊の隣にあるウエスタンリバー鉄道の駅ホームから誰かが階段を降りてくる。
「オーポポポポポー」長く響く笑い声。見るまでもない。この笑い声は1人しかいない。
「エスゼロさん。今夜は月が綺麗ですね。こんなに美しいと、つい、お散歩がしたくなるのです」
 サオリは月なんて全く見ていなかった。慌てて白んでいる空を見る。霞んだ月は真ん丸ではない。満月どころか半月でも三日月でもない。少々丸みが取れ始めている。強いていえば24日の月だろうか。オポポニーチェは微笑んだ。
「私はね、エスゼロさん。完璧なものよりも完璧でないものの方が美しい。そう思うのですよ」
「不完全が美しいてこと?」オポポニーチェが何を言いたいのか、サオリにはあまり理解が出来なかった。オポポニーチェは続けた。
「ええ。例えばエスゼロさんや隣にいらっしゃる方。そう、クマオさんのようなね」
「クマオを知ってんの?」サオリは驚いた。クマオを知っている人がいるだなんて想像もしていなかったのだ。
「ええ。女王陛下の犬、クマダクマオさん。有名な方です。私たちの組織の幹部連は全員存じておりますよ」
 オポポニーチェの言葉にサオリのポーチがもぞもぞと動く。クマオが顔を出してふんぞり返る。
「おう。ワイも知ってんでー。薔薇堕ち。穢れた薔薇。オポポニーチェ・フラテルニタティス。AFS2。相方のネコはエキゾチックハーフムーン」
「よくご存知で」
「幻脳ウィキを持っとるからな。ワイはなんでも知っとんのや」
「オポポポポポー」オポポニーチェは笑った。
「ポッポッポー」クマオも真似して笑った。
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