第156話 VIPルームB(2) VIP Room B

文字数 1,756文字

 錬金術の存在をマルコに教えたアントワネットは向かいに立っていた。タンザとビンゴによる遺伝子操作とH2の研究データは取れていないというのに動揺も苛立ちも見られない。むしろ高揚を隠している。
 もちろん理由がある。伝説の錬金術師であるオポポニーチェの試合を目にすることができていたからだ。これは彼女にとって僥倖だった。
 錬金術師は世界で2000人もいない。世界人口が77億人だとしたら4百万人に1人だ。そして、ダビデ王の騎士団関連に200人、ドーラ会関連に200人、フリーメイソンリー関連に500人、薔薇十字団関連に100人、13血流関連全てで300人と振り分けられていくと、有名な錬金術ギルドに入っていない限りは他の錬金術師に出会う可能性が限りなく低い。
 アントワネットはギルドに所属したことがない。師匠とその友達、全部で4人しか本物の錬金術師に会ったことがない。ホープ・ファンタジーは20程度見たことがあるが、ドープ・ファンタジーを見たことはほとんどない。
ーーオポポニーチェのファンタジーをH2化出来たら、これは凄いことだ。 
 アントワネットの研究に対する好奇心は留まることをしらなかった。
 隣でテレビを観ながら微動だにしないアルフレッドも、ただ怒っているだけではない。デュポン家のポジションで考え事をしている。
 アルフレッドは、オポポニーチェには興味がなかった。確かに魅力的な力ではあるが、個人しか持てないのだ。販売もできないし、個人が大きな力を持ってしまう可能性がある。権力に対抗できるのは同程度の権力か、個人の驚異的な特殊能力だけだ。無ければ無い方がいい。それよりも興味を持っていることがある。
ーー被験体TとBの研究成果が出なかったのは致し方ない。だが、このボルサリーノという男。一体何者なのだ。
 何度VTRを見てもそうだ。
ーー1回戦では6メートル以上も放り投げられている。3回戦ではサッカーボールキックやヒールキックを何度も受けている。だが、あんなに攻撃されても傷一つついていない。
 もし何らかの力ならば、それを汎用化すれば強力な武器になる。高い研究費がかかるとしても、自分だけでも無敵の体を手に入れられれば、その有用度は計り知れない。
「マルコ」
「はい」突然の呼びかけにもマルコは動揺していない。
「あのボルサリーノという男。彼は一体何者なのだ?」
 マルコは淀みなく答えた。
「レッジョ・ディ・カラブリアの下町にいた浮浪者です。手ぐせが悪く、イタリアで生きていけなくなった時に極東に逃してやり、以降、裏社会で通訳などをやって暮らしていたそうです。タンザが極東担当になった時に呼び寄せて、現在では日中韓比などで受け子をさせております」
「戦闘経験はあるのか?」
「彼にですか? スキニーマンと呼ばれているあの体です。もちろんございません」
「そうか」アルフレッドは何度もボルサリーノの動きを見ていた。
ーーいいな。興味を惹かれた。
 だが、勘の良いマルコのことだ。興味があるというと渡さない可能性がある。
ーーこれ以上はボルサリーノに価値があるという顔を見せない方がいい。彼が活躍しなければ、マルコは簡単に彼の身柄を引き渡してくれるだろう。
 アルフレッドは話題を変えた。
「次は勝てるのか?」マルコに尋ねる。
 階下を見るとデュポン社の営業が続けられている。遺伝子操作やH2に対しての売れ行きは悪くなさそうだ。
ーーならば勝敗などどうでもいい、か。
 アルフレッドは負けることが嫌いだ。デュポン家の家名がかかっている勝負に対して、負けることは許されない。特に同じ13血流には負けたくない。ダビデ家擁するダビデ王の騎士団だけではなく、バンディ家の肝煎りで出場している黄金薔薇十字団にも負けたくはない。
ーーだがまぁ、今回のザ・ゲームはリリウス・ヌドリーナとして出場している。デュポン家の後ろ盾があるという公表はしていない。そこだけが唯一の救いだな。勝てるに越したことはないが、それよりもボルサリーノが活躍しない方がさらに良い。
 マルコはそんなことは知らない。
「勝敗は分かりません。しかし、私は信じております」とだけ返した。
ーー俺のタンザがこんなところで終わるはずがない。
 マルコはネクタイを締め直し、自分も戦っている気で姿勢を正した。
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