第48話 出発 Departure

文字数 1,735文字

 ミハエルと話をしていたスーツ姿の男は、サオリを、外に止まっているトラックのコンテナへと案内した。
ーーコンテナ?
「ドナドナドーナー、ドーナ」
「サオリをのーせーてー」アカピルとキーピルが歌う。
 コンテナの中は、部屋のように綺麗だ。小さな冷蔵庫とケータリングセットと長椅子があり、床には絨毯が敷いてある。
 拐われてしまうかもしれないということで交渉し、ミハエルがついて来てくれることになった。ミハエルは賢者の石を持っている。いざという時も安心だ。
 ただし、コンテナの中は中継をする。ザ・ゲームは賭け事なので、今日の出場者の調子を図る目安になるそうだ。競馬でいう、パドックのようなものだ。ミハエルが映ると邪魔になってしまうので、ミハエルはトラックの助手席に乗り、小窓からコンテナの様子を覗くことになった。
 サオリは座禅を組み、オーラを練り上げる。錬金術は使えないが、仙丹を練り上げることにより、自分の能力を底上げするのだ。

 深く集中をしていると、いつの間にか目的地へと到着した。四谷から30分。東京近郊に違いない。外で、何かをセッティングしている音がする。
「よし」誰かが言うと、たくさんいた人の気配がなくなった。
「それではエスゼロ選手。こちらの階段をお進みください」
 コンテナの扉が開く。
 どこかの建物と繋げてある。どこに到着したのかはわからない。小窓越しにミハエルが手を振っている。サオリは、目線を強く合わせてうなづいた。

 目の前の階段を上がる。大きな扉がある。古めかしく見せかけた木製の扉だ。周りに置いてある家具も、歴史を感じさせる美しいものばかりだが、全てが最近作られた偽物だ。
ーーでも、このチャチさがアトラクションみたいで好き。
 サオリは、扉の両側にいる係員の合図で、扉を両手で引いた。後は、両側の係員が扉を持っていてくれる。
 目の前は大広間だ。足元しか見えないほどの暗闇を、案内役の係員が手燭で照らしてくれる。
 サオリは目がいいので、何となく部屋の中が見えてきた。
 白布のかかった丸テーブルと、背もたれに凝った彫刻がほどこされた椅子4脚が、広い幅をとって10セット程並んでいる。全ての丸テーブルの真ん中には燭台が置いてあり、小さな灯を点している。カメラで中継されているようだ。あちこちにカメラの赤い小さなランプが点滅している。床はフカフカの絨毯。天井にはシャンデリア。片側の壁は、赤い重厚な色のカーテンで覆われている。2メートルに1人の間隔で、タキシードを着たウエイターが並んで立っている。白人だろうか。どのウェイターも綺麗な外見だ。
ーーカメが見たら、天国だって言うんだろうな。
 サオリは、イケメン好きのカメのことを思い出し、心の中でニヤついた。
 テーブルには、他にも何組かの客がいる。高級なレストランのようだ。
ーーここが試合会場?
「今回、大食い選手権だっけ?」キーピルがおどける。
「サオリ、弱いじゃん」シロピルがからかう。
「胡麻団子1個でお腹いっぱいになっちゃうもんねー」ピョレットだ。
「ひーひっひっ」ワッペンおじさんが笑う。
「サオリ」ピョーピルたちの声に混じって、アイゼンの声が聞こえる。
 声がする方を見ると、奥の1卓にアイゼンとギンジロウが座っている。アイゼンは手を振っていた。
ーーあ。アイしゃん。ギンしゃん。
 サオリは係員の先導の元、2人のいる卓へと向かった。
「サオリ」
 サオリはアイゼンと抱き合った。ギンジロウも手を出してきたので、嫌々ながら握手を交わす。
「サオリ、トラックが迎えに来たの、驚かなかった?」
「コンテナの中、ゴーカだった」
 ウエイターが椅子を引っ張ってくれたので、やや大きめの椅子に腰をかける。
「ありがと」
「いえいえ」
 係員は後ろに下がる。
「これ何?」
 サオリは、自分の前に1枚の紙が置いてあることに気がついた。
「出場選手一覧だって」
「へー」
ーーそれは見なきゃだな。
 2人の会話に、ギンジロウもおずおずと加わる。3人で軽い雑談をしていると、部屋がさらに暗くなっていく。もう出場選手一覧を見ることができないが、サオリはいつも通りの図像記憶術で、頭の中にしっかりと彼らの顔と名前を覚え込ませていた。
 ワクワクが止まらない。
 いよいよ戦いが始まる。
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