第31話 人の価値(1) Human Value

文字数 1,574文字

 フタバの後について、誰もいないロビーを進んでいく。
「ここかい?」インカムの指示を聞きなおしている。方向は間違っていないようだ。
 向かった先には関係者専用の喫煙所があった。武道館内は禁煙なので、喫煙所だけは外と繋がっている。ここなら誰にも気づかれずに外へ出られるというわけだ。
 楽屋口とは違い、外は静かで暗い。人だかりの声も遠い。
「どうだい? 猫たちに調べといてもらったのさ。オイラたちが簡単に武道館を抜け出せる方法をね」フタバは自慢げに説明した。
「ニャー」暗闇に白い影。細い体躯で耳が尖った猫。アイゼンのパートナー、ワヲンが鳴く。
「ここを上に行けってのかい?」
 目の前は石垣だ。フタバは振り向いた。
「この上には公園があって、そこには誰もいないんだってさ。なんでも、係員が公園の下にある階段を塞いでいるらしい」
ーーなるほど。
 サオリは石垣を見上げた。5メートルくらいか。
ーー簡単にいける。
 他の2人も同じ顔をしている。
ーーやれやれ。これだからアルキメストって奴は。
 フタバは錬金術師だが、体術にはそれほど優れているわけではない。それでも筋力向上のファンタジーを使用して、3人とともに石垣を登り切った。

 目の前には公園が広がっている。日本風。真ん中には拝殿。奥にはお堂があり、石灯籠なども散見している。周りは竹垣で囲われている。石垣の上に作られているので、落ちないようにするためだろう。眼下には、アイゼンを待つ客が見える。まだ100人近くはいそうだ。だが、誰一人として自分たちの頭上にアイゼンがいるとは思うまい。
「うん。確かに誰もいないな」
 フタバは見回した後、近くの石段に腰を下ろし、みんなにも座ることを促した。
「結界」
 指を3本あげると、公園に結界が張られる。
「今の、どうやったんですか?」さっそくアイゼンが食らいつく。
「自分のポーズと言葉でウイッシュが起動するようにタグ付けしたのさ。ほら、アルキメストの中でも、魔法使いとか陰陽師みたいな奴らは、魔法陣や印と呪文によってFを発動したりできるだろ? ウイッシュでもそういうことができないかと試してみたのさ」
 フタバはこともなげにいうが、これを考えつくのは凄いことだ。今まで少し不審に思っていたアイゼンは、一気に目の前にいるおじさんのことを尊敬するようになった。
「そいじゃ」フタバは、自分のPカードでプットーを呼び出した。
「お呼びで」
「ダビデ王を呼んでおくれ」
「了解であります」
 プットーは30秒ほど時間をかけ、空中に木製扉を現出させた。
 扉が開く。
 中からは1人の、年老いた偉丈夫が顔を出した。背の高いユダヤ人男性。白髪で鼻が大きい。頭には冠。古めかしい服装にマント。ダビデ王だ。
ーー久しぶりだが元気そうでよかった。
 ギンジロウの顔が明るくなった。
「おお、おお。みんな、元気そうじゃのぉ」
 ダビデ王は全員を見回して嬉しそうだ。フタバは今までの経緯を説明した。
「なるほど。KOKの代理として双葉を送ったと証明してほしいということだな。安心しろ。双葉の言うことは保証する。KOKが全会一致で決めたことじゃ。今回の双葉からの提案はなかなか良い。お前たちが受けてくれると信じておるぞ」
「はいっ! 必ずや!!
 ギンジロウが胸に手を当てる。ダビデ王は顔をしわくちゃにした。
「おっと、もうバレそうじゃ。危機鳥がつついてくるわい」
 危機鳥はキツツキのように頭頂部が赤く、体が青くて小さな鳥だ。ダビデ王の腕を突いている。設定しておくと、危機が近づいてきた時に知らせてくれるアルカディアンだ。
 ダビデ王は肩をすくめた後、手を振ってそっと扉を閉めた。
「終了します」プットーは扉を消して、自分も消えた。
「てことー」フタバは相変わらずニコニコとしている。
「てことー」キーピルが真似をする。
 3人は、フタバの発言を待った。
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