第135話 3回戦(16) Third Round

文字数 1,269文字

 ボルサリーノはドゥームバギーの中で亀のように体を丸め、一切動かずに震えていた。もちろん、今がどういう現状なのかもわかっていない。
ーーさて、問題児を対処しておきますか。
 オポポニーチェはギンジロウの鈴を奪ったその足で、前方のドゥームバギーへと急いだ。が、足元で丸まっているボルサリーノを見て思わず溜息が漏れる。
ーーんー。この子ったら……。なんて臆病な青年なんでしょう。
 しかし堅固な構えでもある。
ーーこれは……思ったよりも難しい体勢ねぇ。
 オポポニーチェは美を尊ぶ。戦いにおいて戦おうとしない行為は、高級レストランに入って何も頼まないお客のようなものだ。激しく唾棄する。細く震える背中を見ているうちに、この男にたいするイライラがつのって仕方がない。
ーーそもそも私の完璧な作戦上、ボルサリーノはすでに鈴を奪われていなければならないのですよ。あの絵が伸びる部屋で首吊り死体に目がいった時に。見上げた首についた果実のような鈴をプツンと。
 シザーがうまく奪えなかったミスのつけが、こんなところにまで引っ張られている。完璧主義者のオポポニーチェは、服についた汚れがいつまでも取れないような、あの、どうでもいいけど少しだけ気になる感情が頭の中にこびりついて、拭いても拭いても心の中でシミとなって残っていた。
 そもそもオポポニーチェ1人で罠を仕掛ければ、あんな凡ミスに繋がることはなかった。伸びる部屋でボルサリーノの鈴を奪えただろう。ただし、あの時にはシザーを使わなければいけない理由があった。今回のザ・ゲームは、ホムンクルスの性能のお披露目会も兼ねているからだ。
 誰にホムンクルスの性能を見せなければならないのか。黄金薔薇十字団のスポンサーにたいして、である。
 錬金術にしろなんにせよ、あらゆる開発にはお金が必要だ。
 金持ちには2つのタイプがある。1つは、自分の確固たる目的のためにお金を稼ぐタイプ。そしてもう1つは、欲望の限りを尽くしたくてお金を稼ぐタイプである。暴力。権力。性欲。黄金薔薇十字団のスポンサーになってくれる人は、ほとんどが後者だった。
 あらゆる欲望を満たすためには、法律よりも強い力を持たなくてはならない。それが難しければ法律に引っかからない命を作り出すことが手っ取り早い。無駄に殺しても問題ない人間、人権もない人間が手に入るのならば、いくら金を出しても惜しくはないという金持ちはたくさんいる。
 問題はホムンクルスの性能である。有名人の遺伝子を使ってホムンクルスを作れるのか。幼児のホムンクルスを作って幼児愛性欲を満たせるのか。無感情で突撃できる自爆兵を無制限に作ることができるのか。今はどこまで研究できていて、今度どこまで高性能のホムンクルスを作れるのか。開発の現状を存分に見せなければ、この商売はうまくいかない。美を追求したいが資金もいる。最低限、この試合に勝利しなくてはならない。
 だが、フォーとシザー。2人のホムンクルスがリタイアしている現状だ。誰のことも気にしなくてもいい。オポポニーチェはボルサリーノの鈴を奪おうとした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み