第7話 ヒロインの帰還(1) Where does she flame in? 

文字数 1,143文字

 次の日フタバは、東京の九段下で車を降りた。大人らしくスーツを着ているが、中のワイシャツはド派手な柄物だ。フワッフワの白い猫、トリュフを抱えている。初夏の昼の日差しは蒸し暑いが、どこか涼しさも感じられる。フタバはいつもよりさらに目を細めた。
 週末なので人出は多い。目の前の橋の向こう側にはお城のような和風の門がある。高い石垣で囲まれており、緑が多い。奥には八角形の大きな建物がある。富士山に見立てた稜線がキレイな緑青色の屋根。頂点にはもちろん金色の玉ねぎ型の擬宝珠が見える。目的地、日本武道館だ。
 フタバは人波に流されながら入り口に向かった。が、係員に止められる。 
「すみません。ペットは武道館に入ることができません」
ーーペット?
 言われてフタバは思い出した。
ーーああ、そうか。トリュフは友達だけど、この世界ではペット扱いされるんだ。忘れてた。
「ごめんなさい」
 フタバは素直に係員に謝り、トリュフを地面に下ろした。トリュフは「しょうがねぇなぁ」という顔をする。
「じゃあトリュフ。後で呼ぶからそれまで散歩でもしててな」
「ニャー」
 わざとらしい猫撫で声を出してトリュフはいなくなった。
ーーこの人、ペットを放し飼いにでもしてるのかな?
 怪訝そうな係員をよそに、フタバは日本武道館の中に入った。

 今日は全世界剣道選手権。世界中の剣道大会で優勝した三十二人の強者が四年に一度集まる大きな大会だ。フタバの会おうとしているのは、その出場者の一人。今年の全日本女子剣道大会で優勝した人物だ。
ーーいくら強いとはいえ、男性の中に女性は二人だけ。そのくらい男女の身体能力には差がある。
 彼女はすぐに負けると思っていたが、準決勝でも勝ち、ついに決勝戦まで上がってきた。

「それでは、ただいまから三十分間の休憩を挟ませていただきます。決勝戦は十六時半からを予定しております」
 観客は口々に感想と予想を話しながら、三割ほどがいっせいにロビーに出た。武道館のロビーは狭い。すぐに人でいっぱいになる。
 フタバは人混みに流されながら男性トイレに入った。隣には凄い人数の列ができている。女性トイレだ。百人は並んでいるだろう。
ーー毎回こうなるんだから、少し早く並んでおけば良いのに。しかし今回の試合はどれも凄かった。見逃すくらいなら、最後まで見た後にこうして並ぶか。膀胱の小さい人は漏らしそうで大変だな。
 フタバはのんびりと、そんなことを思いながら用を足した。隣では二人の学生が、昨日観たテレビの話をしている。
「なーなー。昨日の『関暁夫の都市伝説』見た?」
「見た見た。でもイルミナティなんているわけねぇだろ」
ーーいるよ。しかも君の隣に。
 フタバは面白い経験をしたと思いながら、下についているモノをプルンプルンと二、三回振った。
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