第85話 再会(4) Meeting Again

文字数 1,893文字

 現金なもので、サオリは、自分が狙われていないと知って安心した。
「えと。てことは、ボルさんは麻薬の密売人てこと?」つい気になることを聞いてしまう。
「そうでやんす」ボルサリーノは悪びれずに答えた。
ーーへー。
 サオリはボルサリーノをもう一度見た。
ーー目の前の、この、ブカブカの白いワイシャツを着た、太い眉毛の垂れ下がった弱そうな白人が悪い人?
 サオリはおもわず口をついて出た。
「悪い人なの?」
 何度も聞かれていることなのだろう。ボルサリーノは淀みなく答えた。
「悪い? そりゃ法律上は悪いかもしれないでヤンス。けど真言立川流は、儀式をするためには大麻が必要でヤンス。リリウス・ヌドリーナも資金が必要でヤンス。その資金のおかげで、南米でケシの実を栽培している人たちが、何百人も生活できているんでヤンス。アッシがいないと、通訳もいないし取引もできない。彼らみんなが困ってしまうでヤンス」ボルサリーノは、眉をしかめて悲しそうな顔をした。
「アッシは、誰かが困るようなことはしてないでヤンス。他の売人のように、無理やり大麻を吸わせようだなんて思いやしやせん。アッシが取引するのは、末期の癌患者や、宗教上の理由など、自分が納得できる理由がある時だけ。それがアッシの誇りでヤンス」
 その大麻の一部は、売人やヤクザに横流しされ、さらに高額で販売されている。そのことを、ボルサリーノもサオリも知らない。情報がない、もしくは間違っているということは、結論も考えも間違えている。けれども、知らないことを考えることは、まだサオリやボルサリーノの頭脳レベルではできない。
ーーなるほどー。仙術で習った通り、ほとんどの人間は欲望の塊。単なる動物だ。大麻が簡単に手に入ると、依存して生活できなくなる人が増える。だから、日本ではダメって法律がある。けど、大麻がないと生活できない人もいる。かといって、法律は全体にたいして効力があるものだ。少人数のことを考慮できない。考慮しようとすると犯罪に使われる。そこで、間を取り持っているのがボルさんてわけか。
 サオリは感心した。
「納得ー」
「ホットクー」ピョーピルも同様だ。
ーーじゃ、ま、いっか。ボルさんは、悪い人じゃなさそう。
 サオリは、もう1つの疑問もぶつけてみた。
「あと、ボルさんは弱そうなのに、どうして今回のゲームに参加しようと思ったの?」
 ボルサリーノは、さらに弱気な顔をした。
「アッシも、ホントは出たくなかったでヤンス。ただタンザさんが、今回のことはアッシが原因だから、出場しなくても、試合に負けても、コロンビアンネクタイだ、って言うんでゲス。アッシはまだまだ死にたくない。人生を謳歌したいんでヤンス」
ーーコロンビアンネクタイ? なんか物騒な言葉。
 サオリは、後でアイゼンに聞いてみようと思った。それより、この目の前の可哀想な男だ。
「負けたら殺されちゃうの?」
「そうでヤンス」
「絶対?」
「ヌドランゲタは嘘をつかないし、誇りのためなら、命は葉っぱよりも軽い。そういう人種でヤンス」
「なんでそんな組織に入ってんの?」
「アッシは、タンザとビンゴと生まれ故郷が同じなんでヤンス。タンザが極東に進出するとき、たまたまアッシが、イタリア語以外に、日本語、韓国語、中国語、英語、タガログ語をしゃべれると知って、会うことになったでヤンス。最初はイタリア大使館とコネをつけてくれて、お金もくれて、優しくて。アッシも楽な仕事でいいなと思っていたんでヤンス。そのうち、徐々に徐々にとのめり込み、気づいたらいつの間にか、こんな状況になっていたんでヤンスよ」
「あらー」
 サオリは思うことがたくさんあった。だが、頭の中でうまくまとまらず、言葉に出たのはその一言だけだった。
 それから、しばらく気まずい空気が流れた。
 口を開いたのはボルサリーノだった。
「そういえば、エスゼロちゃんはなんでここに来たんでヤンス? 次の試合場を見るためでヤンスか?」ボルサリーノは、隣にあるプーさんのハニーハントを見た。
「ネコ耳」
「ん?」
「ネコ耳、探しに来た」
 ボルサリーノは、わかってないのにわかったような顔をした。
「なるほど。アッシはお邪魔虫でヤンしたね。もう少し散歩してくるでヤンス」
ーーうん。
 サオリはうなづいて気分を切り替えた。
「あ」
 ボルサリーノは、背を向けて歩き始めたサオリに声をかける。
「気をつけて歩くでやんすよ」
ーー次の試合で戦う相手に気をつけてて。なんか変なの。
「さっき、あんなに坊主をボコボコにしておいてね」シロピルも笑う。
 サオリはボルサリーノの方を振り向いて、得意の、口だけニッとやる笑顔を披露した。
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