第199話 VIPルームE(3) VIP Room E

文字数 1,956文字

「では、中国の情報は、どうやって掌握する予定なのだ?」
 カールアウグストは意地が悪い。放蕩息子のアルベルトに対しては甘いバカ親だが、次期当主として期待しているヨハネスには、厳しい質問を投げかける。実は最近、イルミナティは、中国を掌握できていない状態なのだ。
「中国からは、BATJから情報を取ろうと思っていました。ですが、中国共産党が暴走気味です。あの、ロスチャイルドですら、ハシゴを外されました」
 イルミナティにとっては、常に、2つの大国が冷戦状態にあることが最も好ましい。詐欺師や新興宗教や野党を見ればわかるように、危機感を煽ることは商売繁盛のコツだ。お互いに不安を感じさせれば、攻撃欲求と防衛欲求には際限がなくなる。いくらでも両方に、軍需物資や情報を販売することができる。
 第2次世界大戦以降、イルミナティは、ソビエトとアメリカの間に冷戦状態を作り上げ、両方に資金と情報を提供してきた。
 だが、力を持ってくると逆らいたがるのは、人でも国でも同じことだ。ソビエトは、イルミナティのコントロールを離れて暴走しだした。自分の力を過信し始めたのだ。ロスチャイルドが見限って資金提供を辞めた途端、ソビエト連邦が解体することになったのは、歴史を知っている人なら誰でもご存知だろう。
 ソビエトを見限ったイルミナティは、次に、中国に白羽の矢を立てた。ソビエト共産党を作り上げたイルミナティの知識を使い、中国共産党を成長させた。中国人民の安い労働賃金を武器に世界中からお金をかき集め、そのお金で貧困国を騙して支配する。大航海時代からイルミナティが使ってきた戦術だ。おかげで現在、中国は隆盛を極めている。
 だが、ソビエトの時とは違い、中国は、自らロスチャイルドに対して叛逆の意を示してきた。欧米に対抗できる力を手に入れたと思った中国共産党が、新しい世界のリーダーとなるべく、反旗を翻したのだ。
 中国はソビエトとは違う。覇権を握るため、莫大な資金を使用して、世界中の優秀な研究者をかき集めていった。世界の著作権法を無視して、発明品を勝手に模倣し始めた。自分たちの領土を広げるために、金と嘘で貧民国を買い叩いていった。
 だがイルミナティは、「所詮は黄色人種よ」と軽視していた。2013年に国家主席となった天才、シー・ジンピンを軽視していた。中国の思想、華夷秩序を軽視していた。
 華夷秩序とは、「中国が世界の中心にいなければならない」とする思想だ。日本では、中華思想と呼ばれている。紀元前から中国が持ち続けている自民族中心主義だ。このような超国家主義は、力を持った独裁者が起こしがちな考えでもある。
 かつては、大東亜共栄圏や八紘一宇という名で、大日本帝国もおこなっていた。ナチスドイツも有名だろう。植民地を作ることが盛んだった時代には、どこの国でも似たようなことがおこなわれていた。
 理性や教養がないと周りを見られない。結果、人間は、自分中心に物を考えるようになる。歴史は繰り返している。だが、渦中の者は誰も気づかない。
 力を得た中国共産党は、ロスチャイルドの手を離れ、民族浄化を強化し出した。チベットやウイグルの文化を軽んじ、強制的に中国の文化に染めようとしている。
 国内でも、グレートファイアーウォールという、ネットの情報規制をかけた。このシステムは、中国以外の情報を見られなくし、共産党に都合の悪い情報を削除できる。民主主義の言論フォームであるFANGAMは、中国では使用できない。
 人間は、教育されなければ獣に過ぎない。洗脳されれば狂信者に生まれ変わる。
 そして中国では、洗脳されなければ共産党に殺される。シー・ジンピンが国家主席として権力を持ってから、腐敗根絶を名目に、敵対する有力政治家の約三分の一が処刑された。共産党に反意を示した活動家も殺されていった。そして、その情報は、中国国内では規制されて流されない。
 こうして、中国国民たちは徐々に逆らう気をなくし、共産党と共に、「自分たちが正しい」と叫びながら、世界戦争へと向かっていくだろう。人間は、理性を持たない限り、自分の手が届く範囲全てを自分中心にしたくなる。かつての日本やドイツと同じだ。
 BATJとは、中国のバイドゥ、アリババ、テンセント、JDドットコムという大手企業のことだ。FANGAMの中国版ともいえる。ヨハネスは、彼らとも連絡を取り、協力を約束しようとした。
 だが、中国共産党がそれを許さなかった。力を持ち過ぎたBATJを危惧し、粛清し始めた。かつてのイルミナティが、世界に対しておこなっていた戦術だ。
 こうなると、中国の企業と手を組んだところで、ただ、中国共産党に情報と金が流れるだけとなる。結果、ヨハネスは、彼らとの協力を約束することができないでいた。
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