第158話 4回戦(1) Final Round

文字数 1,984文字

ーー最後まで運転してくれてありがと、オル・メロちゃん。案内ありがと。紫のお姫様。
 サオリたちはカリブの海賊前に到着した。他の3チームは全て揃っている。耳に聞こえてくるは「ハイホー」と歌う勇ましい音楽。
 サオリたちが来るのを待っていたのだろう。そびえ立つ煉瓦造りの巨大洋館からは20人あまりの海賊たちがあらわれた。
ーー真ん中の人だけ海賊帽。他はバンダナ。みんな少しだけ個性をプラスさせてる。少しだけ他人より優位になろうとしてる。なんでみんな、他人と比べて自分の服装決めようとすんだろ。
 なぜかは分からない。サオリは試合とは関係ないことを考えていた。普段ならピョーピルやクマオがツッコミを入れてくれるが、今回は誰もツッコマない。
「最終戦は私が審判をつとめる。名はジョニー・デップ!」海賊帽の男がうやうやしく自己紹介をする。有名なハリウッドスターだ。大ヒット映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』では主演を務めている。その俳優が今回の審判。最終戦に相応しい演出。ワイアヌエヌエ・カジノは大盛り上がりだ。
 だが、サオリは気分が上がらない。どんなに世間では有名でも、サオリはジョニー・デップを知らないからだ。知らないことには興奮できない。サオリにとってはただの人だ。そんなことよりも何度も触れ合ったオポポニーチェの言葉が気になっている。もちろんジョニー・デップもサオリの気持ちなど知らない。
「さあ、間も無く試合が開始されるぞ。ネズミチーム。前へ」威勢のよい発声でアナウンスが開始される。アイゼンとギンジロウが前に出る。サオリも惰性のようにして後に続く。クマオがサオリの袖を引っ張った。
ーーん?
「し・あ・い」クマオは他の人にバレないように、口の動きだけでサオリに集中を促した。
ーーそうだった。
 これから試合が始まるのだ。集中しなければいけない。
ーー得点差は24点。
 何気なくオポポニーチェと目が合う。余裕なのだろう。ウインクを返してくる。
ーー意味が分からんちん。
 サオリも惰性でウインクを返してみた。
「それじゃあ最終戦。カリブの海に君臨するのはどのチームか! キャッチ・ザ・ミッキー。いよいよスタートだ! ネズミチームども! 帆を張れ! 旗を掲げろ!!
 ジョニー・デップの合図とともに、ダビデ王の騎士団はジャン・ラフィットの船着場へと足を踏み入れた。
 レンガと石造りの暗くて広い部屋。右手に進むとバトー乗り場へと到着する。対岸にはランプで彩られた雰囲気の良いレストラン。水に溶かされた塩素の匂いが強い。ゆったりと流れる目の前の川には、5列4人乗りの巨大なバトーが等間隔に並んで進む。
「ここで待とう」アイゼンは近くの手すりに腰を下ろした。
 隠れているわけでもない。無防備もいいところだ。だが、サオリもギンジロウもアイゼンを信じている。何も言わずに時間の経過を待った。
「5分経過。真言立川流。スタートだ」ジョニー・デップのアナウンス。すぐに3人の坊主が頭を光らせてやってくる。
「お待ちしておりました」アイゼンは立ち上がり、カンレンと握手を交わす。
「ここで鈴を渡せばいいんだな」カンショウは自分自身の鈴に手をかけた。憮然とした顔つきだ。攻撃されていないのに鈴がとれた場合、一番近い敵チームの得点に加算される。これは自爆を防ぐためのルールだ。
 カンショウは鈴を渡すことには納得している。とはいえ渡すなら自分の手で渡したい。相手から鈴を奪られることは屈辱に値する。
「待ってください」アイゼンはカンショウの手を押さえた。
ーーん?
 柔らかくていい匂いだ。カンショウは怪訝な顔でアイゼンと目を合わせた。
「他のチームにも私たちが手を組んでいるのはバレているでしょう。ですが確定はされておりません。鈴は時間を分けて渡してください。そうすれば闘ったのかもと疑問を抱かせることができます。1パーセントでも疑問を与えられれば、他のチームに少しでもプレッシャーを与えられます」
「そういうもんかねぇ」ジャクジョウがつぶやく。不承不承という感じを出せばカンショウも同意されたような気持ちになれる。カンショウにたいする慰めの代わりだ。
ーー分かってるよ。子供じゃねーんだから。
 止めるフリをして相手の体に触ることで親和性を高める、単純接触効果を利用したアイゼンの戦術も功を奏したのだろう。カンショウも素直にうなづいた。
「拙僧らの運命はラーガ・ラージャ殿、貴方に預けている。全ての言に従おう」念押しにカンレンだ。
ーーただ信頼する。自分たちで考えてはいけない。
 中途半端が一番の悪手だということを理解している。
「ありがとうございます」真言立川流の魂に報いられるように、アイゼンは丁寧にお礼を言った。
 真言立川流の鈴は、リリウス・ヌドリーナがスタートするまでに、2分、3分、5分と時間差で、アイゼンとギンジロウに渡された。
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