第95話 2回戦(9) Second Round

文字数 2,376文字

 アイゼンは、壊れたばかりのオブジェの上に立ち、ようやく一息ついた。ここならば、タンザの攻撃もビンゴの攻撃も届かない。
 絵本の森は荒れ果て、ページのオブジェは横倒しになり、通路だった面影がない。障害物が多い、ただの荒野と化している。
ーーこの戦いで、寂乗の鈴3点と、ボルサリーノ、ビンゴの尻尾10点、合計13点を奪うことが理想だったけど……、さすがに難しかったな。
 戦況を把握する。
ーービンゴは立川流に任せよう。私たちはタンザの尻尾をとる。挟み込んでいるこのポジションはとてもいい。だが、無理は禁物だ。沙織から合図があったら、すぐに逃げる。2回戦は、私たちの誰一人として鈴を奪られないということが一番重要だ。どこかのチームの独走を防げられれば、それでいい。
 タンザを挟んでアイゼンとギンジロウ。ビンゴを挟んでカンレンとカンショウ。ともに一度、スーパー・ヴェローチェを発動させている。リリウス・ヌドリーナを倒すには絶好の機会だ。

 数瞬の静寂。

 動き出したのはカンショウだった。ビンゴの背後に素早く回る。
 捕まえようと長い腕を伸ばすビンゴ。
 カンショウの動きに合わせ、反対から尻尾を狙うカンレン。
 先ほどの狭かった通路と違い、オブジェが倒れている今、逃げられる場所は多い。
 だが、それはビンゴも同様だ。巧みなボディワークを使い、背後をとらせない。
 3人は絵本の森を抜け、薄暗いハニーポット乗り場まで、戦いながら移動していった。より広く、より開けた場所のほうが、ビンゴとしては戦いやすい。
 アイゼンは追うことを一度止めた。あくまで主役はカンレンとカンショウだ。アイゼンとしては、自分の得点にならないことに、危険までは犯したくない。
 照明は暗めだ。3人の姿は、アイゼンからは見えにくくなる。
 と。
 突然、暗闇から大きな声がした。
「お前ら! どうしたのだ?」カンショウの慌てる声。
「えっ。ばっ、馬鹿な! 拙僧は、拙僧は、うわーっ!」冷静なカンレンでさえもが、一声叫んだ。
 静かになった後、場に似合わないのんびりとした声で、プーさんのアナウンスが鳴り響く。
「30分12秒。ネコチーム。真言立川流。観蓮。アウトだよー」
 アイゼンが目を細めると、水色のハニーポットの縁に足をかけ、オポポニーチェがそこに立っていた。なぜかオポポニーチェは、スポットライトが当たっているかのように光り輝いている。
ーー沙織の連絡がないのに?
 アイゼンは、オポポニーチェに不気味さを感じた。
ーー清潔でフォーマルなタキシード姿なのに、少しもまともな人間には見えない。これは生まれて初めての感覚。
 オポポニーチェはハニーポット乗り場に降り立ち、真剣な顔をして、ゆっくりと全員の近くに歩いてくる。
 8メートルは離れているが、本能が最大級の警告を鳴らす。アイゼンは、さらに逃げられるような体勢をとった。
ーービンゴのSVすら避けられる観蓮が、簡単に鈴をとられた。一体、どんな腕前だというのだ? ここは用心しても、しすぎるということはない。
 オポポニーチェの前で、全員の時間は止まる。ガチャ目の紳士は、全員のちょうど真ん中まで歩き、全員と同じように立ち止まった。
 男は、体を真横に、直角に折り曲げ、まるで獲物を物色するかのように全員を睨め回す。
 ニヤける。
 死神のルーレットはどこを指すのか。答えは、一番背の高い男だ。
 オポポニーチェは、ビンゴに向かって歩いていった。
 鉄の柵が勝手に開き、変態紳士のために道をあける。
 地面には、見渡す限りにバラが咲く。芳香がフロアに溢れかえる。信じられないが本物のようだ。
 ビンゴの近くにいたギンジロウは、体をイバラに絡めとられた。
「うわ」
 突如襲ってきたイバラを払うが、手には何の感触もない。気づくと若者の鈴は、オポポニーチェの手の中にあった。
「31分20秒。ネコチーム。ダビデ王の騎士団。イノギン。アウトー!!
 オポポニーチェは、ギンジロウを振り返りもしない。次々と鉄の柵を開きながら、まっすぐビンゴに向かっていく。
 白いスーツを着た巨大な男は、ガイコツの軍隊たちにしがみつかれていた。
 鋭い目つきの坊主は、見た事もない大量の虫に全身を包みこまれている。
ーー作戦も決められないまま強敵の近くにいるほど、意味のない事はない。
 アイゼンは、この世のものではない光景を目の当たりにして、全ての作戦のやり直しに迫られた。少し離れた場所にいるタンザとアイゼンはまだ攻撃されていない。が、攻撃されてからでは手遅れになる。
ーーギンもやられた。とりあえず逃げる。
 アイゼンはエリアの端をすり抜け、脱兎が如く、アトラクションの中へと走っていった。
 だが、エリアは大混乱。誰もアイゼンのことなど気にしていない。ビンゴは混乱し、ガイコツの兵隊を振り払おうとしている。
「違うんだー。俺の、俺のせいじゃねーよー」カンショウは怯えて、自分の体を叩く。その首には、すでに鈴はついていなかった。
「32分5秒。ネコチーム。真言立川流。観照。アウトー!! これで、真言立川流は全滅だよー」
ーーガイコツはわからねー。だが、とにかく、あいつを倒せばいいんだろっ!
 ビンゴは大きな手を振りながら、オポポニーチェに向かって突進していった。
 オポポニーチェは跳んで避け、足を引きずっていたとは思えないほど軽快に、鉄の柵へと乗って立つ。
 さらに一足飛びに、後ろを向いたまま、流れてきた黄色いハニーポットの縁に着地した。
「んーん」オポポニーチェは満足そうだ。 
ーーこ、これがオポポニーチェ・フラテルニタティス。薔薇堕ちと噂される男。Aランクともなると、まさに世界が変わるほどの力を持っているのか?
 タンザは我が目を疑い、魂が抜けたような表情になった。
「オーポポポポポポポー」オポポニーチェの笑い声が響き渡っていた。
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