第152話 着火(2) Ignition

文字数 1,617文字

「沙織、落ち着いてたでしょ」
「ああ。信じられない」
 アイゼンは少し笑った。
「沙織はね、やると思ったらやる。それしかできない子なんだよ」
ーーん?
 ギンジロウは首を傾げた。
「昔話をしてあげる。沙織の通っている雙葉学園って、進学校として有名でしょ?」
ーー女子御三家として知られているもんな。
 ギンジロウはうなづいた。
「だから小学校では優秀だった沙織も、中1の1学期のテストは42位だったの」アイゼンは懐かしそうに続けた。
「でも2学期では1位になって、自慢げに成績表を私に見せてきた」
「天才だな」ギンジロウは感心した。
「そう思うよね。でも近づいてみて分かった。沙織は天才じゃなかった。ただ努力をしていただけだった。口に吐いた痕が残ってたの。痕なんて1度や2度吐いたからって残らない。何度も吐きながら勉強してたの。3ヶ月くらいで勉強に慣れたって言ってたけどね」
ーーそうは見えない!
 ギンジロウは驚いた。
「なんで吐いてまで勉強するのって聞いたら、沙織は当然のような顔をして言ってたわ。やらなきゃ出来るようにはならないからだって」
 ギンジロウは何も言うことができなくなった。
「沙織は天才じゃない。やらないと出来るようにならないし、やるしかない状況ではやるしかないと思っているだけ。普段から精一杯生きているから自分に自信があるし、ダメでも後悔がないんだよ」
「でも、それじゃ勝てない」サオリが素っ気ない理由はわかった。ますます好きになった。だがギンジロウの悩みが解決したわけではない。
「あ、あともう一つ」アイゼンは人差し指を立てて茶目っ気を出した。
「沙織は天才じゃないけど、私は天才なの」アイゼンは悪戯顔だ。
「そして沙織は、私が天才だってことを心から信じてる。私がこのゲームを攻略する策を練れるって心から信じてる。銀と違ってね」
「策があるのか?」ギンジロウは飛びついた。アイゼンは笑顔のままだ。
「ええ。もちろん。私を信じられる?」
「ああ」地獄に蜘蛛の糸だ。ギンジロウは必死にしがみつこうとした。
「俺は何をやればいいんだ?」
「銀の夢ってなんだっけ?」
「史上最強だ」
ーー沙織さんにとっての、な。
 ギンジロウは恥ずかしそうに答えた。
「そう。今までずっと、そのために鍛えてきたんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ銀は、今まで鍛えてきた史上最強を出して」
 ギンジロウは急に弱気になった。
「しかし……オポポニーチェが強すぎ」
 最後まで言わせずにアイゼンが言葉を被せる。
「大丈夫。オポポニーチェは強くない」
ーーいや、強いだろ。現にアイゼンもさっきの試合では負けていた。
 ギンジロウは心の中で叫んだ。
「オポポニーチェには幻術を使わせない。勝つ算段もできている」
ーー幻術がなければそりゃ勝てる。しかし……。
 ギンジロウは迷いを頭から振り払おうとした。
ーー愛染はいつでも成果を出している。正しさを実証している。その愛染が言うのだ。信じよう。
 アイゼンの目は輝きを増す。
「銀はああいうチョコマカとした雑魚と戦う必要はないわ。小賢しい戦術には小賢しい戦術で対抗する。それは私でも出来ること。でも銀。私の優勝の戦術には、最強の戦士が必要なの」アイゼンの目はまっすぐにギンジロウを射抜いていた。
ーー最強の戦士? 俺のことか?
「オポポニーチェは私が倒す。でも私にはタンザのように、小細工もなくただ本当に戦闘力が強いだけの敵は倒せない」アイゼンの視線はますます強くなる。
「だから銀。タンザを倒して! 銀の活躍が私たちの勝利に繋がるの!!
 カチッ。
 ギンジロウの心に火がついた。
ーーオポポニーチェは愛染が倒してくれる。俺がタンザを倒せば俺たちが勝利する。すなわち俺が最強を証明できる。沙織さんも愛染も喜んでくれる。
 アイゼンが指し示してくれた。道は一つだけだ。もはや迷いはない。
「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
 ギンジロウは意思とは無関係に唸り声をあげていた。少しゆがんだ月が綺麗だった。
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