第181話 4回戦(24) Final Round

文字数 1,829文字

ーービンゴは腰を深く落としている。蹴る選択肢はない。
 アイゼンは竹刀の剣尖を鈴に合わせ、ビンゴの懐へと飛び込んだ。ビンゴが少しでも左手を動かせば、瞬時に鈴を奪うことができる。ビンゴも理解して左手を動かさない。
ーーつまり、左手での攻撃はない。
 結果としてアイゼンは、ビンゴの右手から発動する、後方からのスーパー・ヴェローチェだけに気をつけていればよかった。
 とはいえ、反射神経を超える速度のスーパー・ヴェローチェだ。発動してから避けようとしても遅い。アイゼンは、後2秒はビンゴの死角に隠れ続けることができたが、自分が避けやすい体勢をとった瞬間にビンゴの視線に戻り、自らビンゴの攻撃を誘った。
 ビンゴの身長を2メートル40センチとすると、片腕の長さは一般的に約1メートルとなる。だが、ビンゴは顎も長い。マルファン症候群の可能性が高い。マルファン症候群の人間は先端が長くなる傾向がある。そこから腕も長いと仮定すると、腕の長さは約1メートル20センチだ。それに指の長さの20センチが加わる。
 普通のパンチは腰や肩を入れて射程距離を伸ばすことができるが、予備動作なくおこなわれるスーパー・ヴェローチェは体との連動ができない。ゆえに射程距離を伸ばすことができない。
 膝をやや曲げているので、地面からビンゴの肩までは約1メートル70センチ。つまり、スーパー・ヴェローチェの攻撃範囲は地面から30センチまでの高さにある。左右に避けることは難しいが、下に倒れ込めば避けられる公算が生まれる。
 とはいえ、予備動作がない攻撃だ。計略以外の部分は完全な勘に頼るしかない。
 アイゼンは隙を見せた後、奇跡的な素早さで地面に伏せた。尻尾はビンゴの指に巻き込まれないように、ヘアゴムを使って自分の太ももに固定してある。
 それでも多少の誤差はある。ビンゴの手のひらがアイゼンの背中をこする。
ーー動きに支障はない!
 アイゼンは両手と顔を地面についた勢いを利用し、竹刀を持って伸び上がった。標的は一直線にビンゴの鈴だ。竹刀の持つ場所は柄ではなくなったが、改めて剣先で狙いを定める。
 だが、ビンゴは避けられる可能性も考慮に入れていた。左手でおこなうスーパー・ヴェローチェの準備も万端だ。完璧にアイゼンの姿を捉えている。
 サオリの投げた皮の鞄がビンゴの目をめがけて飛んできたが、これはダメージを受けるほどではない。無視だ。精神力は消耗させられていたものの、そのくらい判断力を持つレベルでは、ビンゴの集中は途切れていなかった。
ーーもらった!
 この体勢のアイゼンが体をズラそうとも、ビンゴの手のひらなら包み込める。
 100パーセントの不可避なタイミング。
 神ですら避けられはしない。
ーーSV!
 ビンゴは確信を持って、必勝の一撃をアイゼンに放った。
 竹刀を先端から叩き割る。
 アイゼンの体を地面に叩き潰す。
 ……はずだった。
ーーアイアッ!
 ビンゴは左手に異常を感じた。
 竹刀は確かに割れた。アイゼンの肉の感触も、完璧ではないものの残っている。
 が、突きおろした左腕は、微妙に軌道をずらしていた。手のひらにはレイピアが刺さっている。ビンゴの腕を焼き鳥の串のように貫いている。
ーーなんだこれは?
 オポポニーチェとの戦闘中、ギンジロウだけは参戦していなかった。アイゼンはギンジロウに頼み、この間に、竹刀の中にレイピアを仕込んでもらったのだ。竹刀の中が空であるという構造を利用した作戦だ。もちろんレイピアはカリブの海賊内で拾っていた。
 とはいえ、アイゼンもスーパー・ヴェローチェを完全には避け切れていない。突き飛ばされている。だが、これも予想通りだ。
 レイピアを突き刺してスーパー・ヴェローチェの勢いを弱める。自分の頭を防御しながら、スーパー・ヴェローチェの威力を利用して、体ごと縦回転する。体軸をブラさない。そのまま足を伸ばしてビンゴの鈴を狙う。
ーー肉を切らせて骨を断つ。
 最終戦だからこそ出来る、賭けの要素も高い戦術だ。
 集中力消耗の罠。上下左右に揺さぶったアイゼンの移動術。連続で放ったスーパー・ヴェローチェ。左腕の痛み。そしておまけにサオリの投げたカバン。ビンゴの思考メモリの量は、すでに115パーセントを超えていた。アイゼンを吹き飛ばすことから先のことは考えられていない。
ーー作戦通り。
 死角から鈴を襲うアイゼンの足。
 ビンゴは一切気づけない。
 ブチッ。
 アイゼンは足を伸ばし、ビンゴの鈴を蹴り飛ばした。
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