第29話 楽屋口(1) Stage Door
文字数 1,946文字
忘れないのはサオリも一緒だ。目と口を丸く開けて、光り輝くアイゼンを眺めていた。美しい絵画を見た時のように身震いしている。
ーー人間てこんなに美しくなれるんだ。こういう景色を見た人が、神様を想像して描いたのかもしれない。
アイゼンがそのあと幾つかのインタビューを受け、手を挙げながら舞台から退場するシーンが終わるまで、サオリはまるで、この世に心がないかのようにずっと眺めていた。
「……おり。沙織。行くよ」
カメに強く肩を揺さぶられる。サオリは我に返った。観客席に座っていた人たちはほとんどが帰っている。残っているのは自分たちだけだ。
ユキチが係員に、「私たちは愛染先輩を待っているんです」と誇らしげに話している。サオリは恥ずかしさから完全に目が覚めた。
サオリがメールで連絡をし、10分後に楽屋口でアイゼンと会うことになる。楽屋口は選手たちの帰る場所だ。一般のお客さんは近寄れない。だが外は、アイゼンを一目近くで見ようとする観客たちであふれていた。10人以上の係員が必死で整理をしている。
「普段からアイちゃんは生きてるのに、今日だけキャーキャー言われるなんて変なの」シロピルは好き勝手なことを言っている。
「明日、道場行って会えばいいのにね」キーピルがうなづく。
「今日会えないなら、明日会えばいいじゃない」アカピルは相変わらず楽しそうだ。
「どこのフランスの女王だ」ピョレットのツッコミが冴える。
ーー断頭台で首斬られるよ。
サオリはさらにツッコミをかぶせながら、近くにいるユキチを見た。ユキチは自分のしたことでもないのに、あいかわらず優越感に浸った顔をしている。
ーーはぁ。
「沙織さん」
突然、男性が自分を呼ぶ。
ーー聞いたことのある声。
サオリは振り向いた。
高身長。剣道の選手に見えるほど綺麗な体格だが、少しだけ筋肉質だ。黒い短髪で太い眉。いつものセンスの悪い服ではない。白いシャツに、黒いスラックスと革靴。サオリが以前、お礼にコーディネートした服だ。年齢は19歳。2ヶ月前より日に焼けて、精悍な顔つきになっている。
「ギンさん!」
「ひ、久しぶり!!」
ギンジロウは、久しぶりに真正面から見たサオリに緊張している。
「アイちゃんの応援に来たの?」
「それもあるけど、ちょっと用事があって」
「沙織。そちらは?」
「イケメンじゃーん」
ピーチーズが寄ってくる。サオリをからかう良い獲物を見つけたという顔だ。
「ギンさん。冒険仲間」サオリはぶっきらぼうに答えた。
「冒険仲間って、ホントに冒険なのー?」
「冒険て言っても、違う冒険だったりして」ユキチは失礼だし、カメは下品だ。
「銀次郎です。沙織さんにはお世話になっています。俺なんて、沙織さんには歯牙にもかけられませんよ」
ーーどういう仲?
ウサは悩んだ。
ーーほほう。これはこれは。もしかしてギンさんとやら。沙織に惑わされておりますな。
カメは下衆の勘ぐりだ。
「沙織ちゃん」
振り向くと、こちらはセンスの良いファストファッションで高身長。目鼻立ちの整った綺麗な青年だ。長い茶髪で片目が隠れている。後ろには5人、取り巻きらしき人たちを連れている。25歳。ミサオだ。
ここは選手が出入りする楽屋口。出会う可能性だってなくはない。
「手紙、ありがとう」
サオリはうなづいた。
ーーミサ王子! か、かっこいー。
ミサオは、ユキチのドンピシャタイプだった。
「あの、試合見てました。応援していたんですが、あの、惜しかったですね」
ユキチは、あっさりとアイゼンを裏切った。
「君は?」
「石出幸代と申します。サオリの親友です。諭吉って呼んでください」
ユキチは、アイゼンの後輩だということは言わなかった。
「ユキチャンね。覚えたよ」
「ありがとうございます。握手いいですか?」
「もちろん」
ーーどうだい? 俺ってモテるだろう?
ミサオは、ユキチと握手をしながらサオリを見た。
サオリはミサオを見ず、大学生くらいの朴訥な青年と話を続けている。
ーー誰だ、こいつは? やけに沙織ちゃんと親しくしやがって。
自分のことを強いと思っている人は、基本的に偉そうで独善的だ。ミサオが二人に近づこうとしたその時だった。
「藤原選手が来たぞ」
楽屋口にいる人々がざわつく。
2人の警備員に先導され、アイゼンが階段を上ってきた。
「わーーーー!!!」
ロビーは一斉にフラッシュに包まれる。アイゼンは手を挙げた後、サオリたちの元に真っ直ぐに来た。
「待たせたね」
「おめでと」
アイゼンはサオリを抱きしめた。
「おめでとう」
ギンジロウは、アイゼンにバラを一輪渡す。
「あら。ずいぶん気がきくようになったじゃない」
「相変わらずだな。俺がきくはずないだろ。あの人が持ってけって渡してくれたのさ」
ーーあの人?
サオリは指さす方向を見た。
ーー人間てこんなに美しくなれるんだ。こういう景色を見た人が、神様を想像して描いたのかもしれない。
アイゼンがそのあと幾つかのインタビューを受け、手を挙げながら舞台から退場するシーンが終わるまで、サオリはまるで、この世に心がないかのようにずっと眺めていた。
「……おり。沙織。行くよ」
カメに強く肩を揺さぶられる。サオリは我に返った。観客席に座っていた人たちはほとんどが帰っている。残っているのは自分たちだけだ。
ユキチが係員に、「私たちは愛染先輩を待っているんです」と誇らしげに話している。サオリは恥ずかしさから完全に目が覚めた。
サオリがメールで連絡をし、10分後に楽屋口でアイゼンと会うことになる。楽屋口は選手たちの帰る場所だ。一般のお客さんは近寄れない。だが外は、アイゼンを一目近くで見ようとする観客たちであふれていた。10人以上の係員が必死で整理をしている。
「普段からアイちゃんは生きてるのに、今日だけキャーキャー言われるなんて変なの」シロピルは好き勝手なことを言っている。
「明日、道場行って会えばいいのにね」キーピルがうなづく。
「今日会えないなら、明日会えばいいじゃない」アカピルは相変わらず楽しそうだ。
「どこのフランスの女王だ」ピョレットのツッコミが冴える。
ーー断頭台で首斬られるよ。
サオリはさらにツッコミをかぶせながら、近くにいるユキチを見た。ユキチは自分のしたことでもないのに、あいかわらず優越感に浸った顔をしている。
ーーはぁ。
「沙織さん」
突然、男性が自分を呼ぶ。
ーー聞いたことのある声。
サオリは振り向いた。
高身長。剣道の選手に見えるほど綺麗な体格だが、少しだけ筋肉質だ。黒い短髪で太い眉。いつものセンスの悪い服ではない。白いシャツに、黒いスラックスと革靴。サオリが以前、お礼にコーディネートした服だ。年齢は19歳。2ヶ月前より日に焼けて、精悍な顔つきになっている。
「ギンさん!」
「ひ、久しぶり!!」
ギンジロウは、久しぶりに真正面から見たサオリに緊張している。
「アイちゃんの応援に来たの?」
「それもあるけど、ちょっと用事があって」
「沙織。そちらは?」
「イケメンじゃーん」
ピーチーズが寄ってくる。サオリをからかう良い獲物を見つけたという顔だ。
「ギンさん。冒険仲間」サオリはぶっきらぼうに答えた。
「冒険仲間って、ホントに冒険なのー?」
「冒険て言っても、違う冒険だったりして」ユキチは失礼だし、カメは下品だ。
「銀次郎です。沙織さんにはお世話になっています。俺なんて、沙織さんには歯牙にもかけられませんよ」
ーーどういう仲?
ウサは悩んだ。
ーーほほう。これはこれは。もしかしてギンさんとやら。沙織に惑わされておりますな。
カメは下衆の勘ぐりだ。
「沙織ちゃん」
振り向くと、こちらはセンスの良いファストファッションで高身長。目鼻立ちの整った綺麗な青年だ。長い茶髪で片目が隠れている。後ろには5人、取り巻きらしき人たちを連れている。25歳。ミサオだ。
ここは選手が出入りする楽屋口。出会う可能性だってなくはない。
「手紙、ありがとう」
サオリはうなづいた。
ーーミサ王子! か、かっこいー。
ミサオは、ユキチのドンピシャタイプだった。
「あの、試合見てました。応援していたんですが、あの、惜しかったですね」
ユキチは、あっさりとアイゼンを裏切った。
「君は?」
「石出幸代と申します。サオリの親友です。諭吉って呼んでください」
ユキチは、アイゼンの後輩だということは言わなかった。
「ユキチャンね。覚えたよ」
「ありがとうございます。握手いいですか?」
「もちろん」
ーーどうだい? 俺ってモテるだろう?
ミサオは、ユキチと握手をしながらサオリを見た。
サオリはミサオを見ず、大学生くらいの朴訥な青年と話を続けている。
ーー誰だ、こいつは? やけに沙織ちゃんと親しくしやがって。
自分のことを強いと思っている人は、基本的に偉そうで独善的だ。ミサオが二人に近づこうとしたその時だった。
「藤原選手が来たぞ」
楽屋口にいる人々がざわつく。
2人の警備員に先導され、アイゼンが階段を上ってきた。
「わーーーー!!!」
ロビーは一斉にフラッシュに包まれる。アイゼンは手を挙げた後、サオリたちの元に真っ直ぐに来た。
「待たせたね」
「おめでと」
アイゼンはサオリを抱きしめた。
「おめでとう」
ギンジロウは、アイゼンにバラを一輪渡す。
「あら。ずいぶん気がきくようになったじゃない」
「相変わらずだな。俺がきくはずないだろ。あの人が持ってけって渡してくれたのさ」
ーーあの人?
サオリは指さす方向を見た。