第217話 別れ Bye-bye

文字数 1,921文字

 表彰式が終わった。それぞれに別れの時がきた。
「観蓮」タンザが呼び止める。
「私ですか?」カンレンが振り向く。自分が声をかけられる理由が全く分からない。
「ああ」言いながら、タンザは、ソフトボール程度の球体を投げた。
 カンレンは反射的に受け取る。
ーーこれは!
 護良親王のドクロだ。カンレンはタンザを見た。
「受け取れ」
「なぜ?」
「いらねぇのか?」
「いや……」
「俺はいらねぇんだ、そんな物騒なものは」
「しかし……」
 カンレンはサオリの気持ちを聞いた時に、護良親王のドクロは諦めていた。が、本音を言えば、もちろん喉から手が出るほど欲しい。しかし、貰える理由が分からない。
 タンザは、自分が負けたと思っている。アイゼンが「勝ったらドクロを観蓮に渡す」という約束をしていたと知ったので、カンレンに渡しただけだ。ただし、理由は明かさない。カッコつけているようで恥ずかしいからだ。
ーーこれはまた、揉めそうな……。
 遠くからその様子を見ていたアイゼンは、リリウス・ヌドリーナと真言立川流の交わる真ん中に割って入った。ギンジロウとサオリも続く。
「ウェイ、ウェイ、ウェイ、ウェイ」仲介しながら、そのまま英語で話す。
「日本にはね、三方一両得てお話があるの。私たちはKOKに入団できた。リリウス・ヌドリーナは賞金を手に入れた。真言立川流はドクロを手に入れた。これで全員得をした。それでいいんじゃない?」
「私は得をしていないんですがね」振り返ると、後ろでオポポニーチェがニヤついている。
「楽しんでたぞ!」シロピルが騒ぐ。
 オポポニーチェはサオリを見た。
「どうです? 私に得をさせるために、貴方のパパの書いた本を見せる、というのは」
「勝ってないから!」アカピルが遮る。
「ダメー!!」キーピルが大きく、両腕でバツ印を作る。
「残念ですねぇ」オポポニーチェは微笑んだ。
「じゃあ……」サオリは、すぐに良い代替案を思いついた。 
「クマオ!」サオリが指を鳴らす。
ーーあの合図や!
 クマオはポーチを漁り、うやうやしく、サオリに小さな袋を手渡した。
ーーこれこれ。
 サオリは、袋の中を覗き見て、中から小さな四面体を取り出した。
「これ。あげる」
 オポポニーチェに手渡す。
「何ですか、これは?」
「チーズケーキ味。期間限定」サオリは偉そうにふんぞりかえった。
ーー???
 オポポニーチェは、手の平に乗せられたチロルチョコを、マジマジと凝視した。
「私に……、これ、を……?」
「嫌い?」人の味の趣味は分からない。サオリは、オポポニーチェが何を好きなのかは分からなかったが、それでも、一生懸命考えたつもりだった。
 オポポニーチェは、ゆっくりと視線を上げた。美しき昔日を思い出したのだ。その目は優しい。
「いえ。好きですよ」
 目には涙が溜まっている。
ーーだいじょぶ?
 サオリは、心配そうな顔でオポポニーチェを見た。
「オポポ。いえいえ。こんな素晴らしいモノを頂けるとは思わなかったものですから」
 サオリの表情は、一気に晴れ渡った。
「いくら嬉しいからて、早く食べてね」
 サオリは、人からモノをもらった時、嬉しくて食べられなかった末に、食べ時を逃して腐らせてしまうことがたまにあった。もったいないと思いながらも食べられない。その気持ちは分かるが、いつも食べておけばよかったという気になる。オポポニーチェには、その気持ちを味わわせたくないのだ。サオリが味わわせたいのは、チロルチョコの美味しさだけである。
「ええ。分かりました。今日の帰りにでもいただきましょう。オーッポッポッポッポ」オポポニーチェは、指で摘んだチロルチョコを高く掲げ、嬉しそうに笑いながらステージを降りていった。
「さあ、皆さんも。それぞれお車を用意しております」スタッフが呼びかける。
 選手たちは、次々とステージを降りていった。同時に、片付けも始まっている。
 間もなく8時だ。東京ディズニーランドの社員がやって来る。
「沙織」
「ミハエル」サオリはミハエルに飛び付いた。
 そして、その1分後には、ミハエルの背中で眠りについていた。精魂使い果たしたのだろう。
ーー随分大きくなったな。
 ミハエルは、背中にかかるサオリの重さに、深い感慨を抱いていた。
「じゃあ、私たちもここで」アイゼンが、ミハエルに声を掛ける。それぞれの送車が来ている。ここで三人ともお別れだ。
「ああ。またな」
 その時、サオリが、寝言で一言呟いた。
「ロマンチ……」
 サオリの顔は、穏やかな笑みをたたえていた。あどけない寝顔。アイゼンもギンジロウも、サオリの活躍を思い出して微笑ましい感情を抱いた。
ーー最高のハッピーエンドやな。
 クマオは、サオリのポーチからその様子を覗いて呟いた。
「チャンチャン」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み