第27話 表彰式(3) Ceremony

文字数 1,628文字

 観客はさっきまでとは全く違う。躊躇なく、待ってましたとでもいうように拍手と歓声を浴びせる。まるで試合場に雪崩が押し寄せてくるようだ。項羽が死んだ時はこんな気持ちだったのだろう。
 アイゼンは堂々と手をあげ、表彰台の一番高い位置にのぼる。ジュウゾウはうやうやしく手を差し伸べ、表彰台にのぼるお手伝いをした。ミサオは表情が固いが、自分なりの精一杯で笑顔を作る。
 拍手がおさまるのを待ち、アンザイはインタビューを開始した。
「藤原選手。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
 アイゼンはニコリとし、スラッとした左手を挙げた。一挙手一投足が、あらかじめ決まっているように美しい所作だ。観客は次々に声援を浴びせる。
 アンザイは拍手が終わるのを待ち、インタビューを再開した。
「桐生選手との戦い、素晴らしかったですね」
「はい。憧れのミサ王子と勝負させていただけて幸せでした」アイゼンは清々しく答えた。
「普段は男性のみの世界大会に出場した気持ちはどうでしたか?」
「ここまでの道を作ってくださった剣道関係者の方々。それから応援してくださった皆様に、心からの感謝を申し上げます」
 アイゼンは、モリタ名誉会長に目配せをした。モリタが尽力してアイゼンの出場が決まったのだ。とはいえ、客寄せパンダと思って許可したアイゼンがまさか優勝するとは、モリタ本人も思っていなかったが。
「アイゼン様ー」
 静かな観客席から、タイミング悪くアイゼンを讃える声が聞こえてくる。ユキチだ。アイゼンはユキチを見て、照れ笑いと苦笑いの混じった顔をした。
ーーここは拾うところではないな。
 アンザイは何事もなかったようにインタビューを続けた。
「そんな憧れの桐生選手との決勝戦。いかがでしたか?」
「とても楽しかったです」
「しかも勝ちましたね」
「はい」
「勝因はなんだったのでしょう?」
「んー」
 アイゼンは腕を組み、考えるふりをした。横を向き、申し訳ないような感じで、二位の位置に立っているミサオに頭をさげる。
ーー普段はいい子なんだな。
 ミサオは笑顔で返す。アイゼンは向き直って、ようやくインタビューに答えた。
「私って……、本当に勝ったんですか?」
 パワーワードだ。周りにいた記者たちは、今の言葉がスポーツ紙のトップに載ることが容易に想像できた。一斉にペンを走らせ、さらにアイゼンの言葉に引き込まれる。
「勝ちましたよ。なぜそう思うのですか?」アンザイの声は優しい。アイゼンのダウンマウンティングにすっかり虜だ。
「あの……、実感がないんです」
「実感がない?」
「はい。私は、もちろんミサ王子と戦うことを想定して研鑽を積んできました。ですが、勝てるイメージが全く想像できなかったんです。ですから、本当に勝てたのだとしたら、それは幸運以外の何物でもありません。心からそう思います」
 アイゼンはそう言うと、殊勝な感じで再度ミサオに頭を下げた。
「王子は今でも私の憧れです。試合の映像は何千回も見ています。王子の動きを真似して、王子と対戦することを考えて練習していました」
「練習だと勝率は何割くらいですか?」
 アイゼンは驚いた顔をした。
「勝率? とんでもない! 百回闘ったら百回負けます。スピード、パワー、テクニック。全てにおいて、全くといっていいほど歯が立ちません」
「その桐生選手に勝てました。なぜ勝てたとお思いですか?」
「幸運。その一言に尽きます」
「ということは、次に桐生選手と試合をしたら危ういですか?」
「はい。勝てる自信はありません」
「それじゃあ来年の選手権大会はピンチじゃないですか?」
 アイゼンの笑顔が固まる。言いにくそうに答える。
「そのことなんですが……」
「どうされました?」
 いつもまっすぐ顔を上げて話すアイゼンが、顔を下げて言い淀む。
「突然ですが……、聞いてください! 私、藤原愛染は、勝敗に関係なく、この世界大会を最後に引退しようと決めていました」
 ミサオは一瞬、世の中の画面が切り替わったように見えた。
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