第55話 試合場(1) Playing Field

文字数 2,861文字

「再度お伝えします! 今回のキャッチ・ザ・ミッキー。ネズミチームは、真言立川流、リリウス・ヌドリーナ、黄金薔薇十字団、ダビデ王の騎士団の順番となります!」クリケットが繰り返す。

 もう誰も聞いていない。観客たちは、誰に賭けるかで夢中だ。

 それでもクリケットは、挫けずにテンションを上げ続けた。どちらにせよ、選手たちにも聴かせなければならないことだからだ。
「そちらはもうすぐ4時でしょうか。こちらは間も無く、23時が近づいております! 選手たちにはこれから、それぞれの試合場を決めていただくこととなります!」
ーーディズニー全体を使った鬼ごっこではなく、各アトラクション内で試合がおこなわれるんだな。間違いない。
 戦略にはなるべく多くの正しい情報が必要だ。アイゼンの頭は、脳みそが熱くなるほどの速度で動き続ける。
 クリケットの話は続く。
「試合場を決める方法は、今から各チーム、実際に東京ディズニーランドを見にいって決めてもらいます。順番は、先程1番目のカードを選んだ真言立川流からです。それ以降、5分ごとに次のチームがスタート。自分たちの戦いやすいアトラクションを探していただき、23時50分までに、ここ、Club33に戻って申請をしていただきます。試合前には絶対に喧嘩をしないでください。即刻、退場になります。猫が見張っております」
ーー実際に歩けるの! やったー!! 初のディズニー散歩!
 サオリは普通に嬉しかった。
「ネズミチームが選んだ試合場は、我々ザ・ゲーム委員会しか知りません。ネコチームには、各試合の1時間前に発表します! ただし、1回戦は賭けの都合上、ゲストの方に対しては分かり次第、参加者に対しては全員が決まり次第お伝えすることになります。よろしいでしょうか?」
「良いでしょう」カンレンハ簡単にうなづいた。
ーーなるほど。1時間前まで、試合の場所はネコチームにしか分からないってわけか。事前に戦略を考えられない。とことんネズミチームに有利なようにできてるんだな。
 アイゼンは考える。ギンジロウは、体をリラックスさせながらうなづいた。サオリは一言一句を覚えようとしている。
「試合時間は1時間。休憩時間も1時間。つまり公式な試合時間は、現地時間の0時6分に1回戦。2時6分に2回戦。4時6分に3回戦。6時6分に4回戦。全試合の終了時間は、6時66分となっております。この時間は、ザ・ゲームの伝統に基づいております。よろしいでしょうか?」
 競技者たちは、それぞれ思い思いに了解した。
 クリケットは見回した後、自分の腕時計を見た。
「あまり時間がありませんね。それではまず、第1試合。ネズミチーム。真言立川流! 試合場探しを開始してください。なお、立川流はベットの関係上、23時45分までに申請をお願いいたします」
「心得た」カンレンは、自分たちの席に戻っていた他の2人と合流した。
「こちらです」水兵の格好をしたクマのキャラクターが案内する。
 タンザとビンゴが坊主たちを睨みつけていた。だが、坊主たちはどこ吹く風という悟りを開いた顔だ。悠然と席を立つ。後ろを、3匹のネコがついていった。
「すいません」アイゼンがクリケットに尋ねる。
「私たちが試合場を探している様子は、監視されているのですか?」
「ええ! もちろんですとも! どのような体調なのか、もしくは知らないところで喧嘩などされては困りますからね。けれどもそれでは、相手やゲストの方々に、試合場や戦術が特定されてしまう可能性があります。そこで、一度ザ・ゲーム委員会が見て、問題ないと思われた動画だけを後追いでゲストの方には見せようと思います。そして公平を期すため、これ以降は、こちらのスクリーンも消しましょう」
 Club33にあるスクリーンの映像と音声が消えた。室内は少しだけ明るくなり、ディズニークラシックが流れ始めた。

 5分後に、クリケットは再びマイクを握った。
「続いて、リリウス・ヌドリーナ! くれぐれも、お互い出会っても、場外乱闘だけはおやめください!!
 タンザは、立ち上がる代わりに手を挙げた。
「どうされました?」クリケットがたずねる。
 タンザはゆっくりと、丸太のような足を組んだ。
「歩くのがめんどくせえ。地図とメニューをくれ。ここでゆっくり、会食を楽しみながら探す。なんせ、久しぶりの兄弟との再会なんでな」
 クリケットは驚いた顔をした。
「ま、まあ、ルール的には何の問題もないですが。ウェイター。地図を」
 タンザは余裕の顔で地図を受け取り、机に拡げ、先ほど開けた赤ワインを飲み干した。ビンゴはメニューを見ながら、ピザやスパゲティを注文する。紫色のウサギのキャラクターは戸惑っていたが、キャストに連れられて帰っていった。

「いいでしょう。それでは、もう5分経ってしまいます。続いて、黄金薔薇十字団です!! どうぞ!」
 オポポニーチェは直接出口に向かわず、サオリたちのテーブルに、ビッコを引きながらやって来た。
ーーなに?
 サオリは、まじまじとオポポニーチェを見た。近くで見るとすごい顔だ。目が飛び出て、鼻がいびつに曲がっている。顔には白粉やアイシャドウや口紅を塗っているようだ。色々な化学薬品の匂いがする。
 オポポニーチェはフランス語で話しかけてきた。
「マドモワゼルたちは4番目ーん? 日本では死人番号という、不吉な数字ですわねぇ」
 サオリもアイゼンも、雙葉高校の第二外国語としてフランス語を勉強している。大体の意味はわかる。サオリは動揺したが、アイゼンは余裕の笑顔で言葉を返した。
「3という数字も、ベトナムでは惨につながる忌み数ですよ。せいぜいお気をつけあそばせ」
 オポポニーチェは一瞬驚いた顔をした後、大きく口を開けた。
「オーッポッポッポッポ。あなた、面白いわねぇ。興味をひかれますわーん。早く見たいですわー」オポポニーチェは興奮しながらアイゼンの目の前にきた。
 顔を寄せた瞬間、真面目な顔つきになる。
「その、美しい顔が、恐怖に引きつる瞬間をね」
 オポポニーチェの息をまともに顔に受けながら、アイゼンは余裕綽々の顔で答えた。
「その時に、あなたの無防備に飛び出た目の玉が、ちゃんと見える状態にあるといいのだけれど」
 2人は、時が止まったように見合った。
「まあ、いいじゃないか」
 時間を動かすかのように、ギンジロウが日本語で間に入る。
「勝負は試合でつけようぜ」
 オポポニーチェは視線を外し、先ほどまでの、何を考えているのかわからない表情に戻った。ギンジロウの言葉は聞き取れなかったが、言葉の意味は理解したのだろう。不気味な笑みを浮かべ、もう一度アイゼンを見る。
「楽しみにしていますよ」
「私もだ」
「いくわよ、フォー。シザー。オーッポッポッポッポ」
 待っていた茶色い犬のキャラクターと共に、オポポニーチェはビッコをひきながら、フォーとシザーを引き連れて部屋から出ていった。

「オーッポッポッポッポ」外に出てから叫ぶオポポニーチェの笑い声が、部屋の中にまでかすかに聞こえてきた。
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