第207話 特設ステージ(3) Castle Forecourt Stage

文字数 1,788文字

 苦痛で顔を歪めるタンザ。
 これは、人の耐えられる痛みではない。試合続行は不可能だ。もし不可能でなくとも、ダメージが明らかにタンザの方が大きい。判定でもサオリが勝つだろう。
ーー勝たー。
 思った瞬間、サオリの体は宙に吹き飛ばされていた。
 タンザの左足から、スーパー・ヴェローチェが放たれていたのだ。
 意地と戦闘の天才、タンザの、最後の攻撃だ。
ーーえ?
 サオリは、すぐに現状に気づいた。
ーー地面地面。
 空中に飛ばされながら、平衡感覚を取り戻す。地面の位置を探す。
ーーあた。
 だが、サオリのいる空中は、完全にステージの外に出ている。このまま落ちれば、サオリの場外負けになる。
 試合終了まで、後、5秒はある。
ーーチンピ。けど、ステージ戻れればアタピの勝ち。
 サオリは、両手両足にオーラを凝縮させた。此処でもう一度、ストッピング・ストーンを発動させるのだ。
 そのストーンを足場にして飛び跳ねれば、場外に落ちずにステージに戻れる。それで、サオリの完全勝利だ。
ーー今、だいたい8メートル上空に蹴り飛ばされた。40キロの体重のアタピが8メートルの高さから落下する時間は約1.2秒。
 サオリの頭の中は、スローモーションのように、空気抵抗有する自由落下の公式が思い浮かぶ。物理のテストで出たやつだ。
ーー2秒足らずでSSの発動。
 間に合うかどうかは分からない。
 でも、間に合わなければ負ける。
 5メートル。
 4メートル。
 3メートル。
 2メートル。
 1メートル。
 50センチ。
 咄嗟の判断。
 サオリは、手のひら全体や足のひら全体ではなく、土踏まずの10センチほどのくぼみの賢者の石を固体に変えた。足場さえ作れればいいのだ。広い範囲の賢者の石を固体にする必要はない。
「ニャーーーー!!!!!」
 サオリの渾身の気合いは、ストッピング・ストーンを発動させる。
 試合終了まではあと3秒。
 サオリに重力が襲いかかる。
ーー落下エネルギーの公式では、約3100ジュール。1ジュールが102グラムのリンゴを1メートル持ち上げるエネルギー。なのでアタピの体には、約310キロの落下エネルギーの負荷がかかる。トラ1頭を背負うようなもん。
 モード・アルキメデスの使用時なら、何億トンもの落下エネルギーがかかっても問題ない。地面に沈むだけで、サオリの体に負荷はかからない。
 ただ、ストッピング・ストーンの上にサオリの体が乗っている場合は違う。乗っている箇所に全負荷がかかってくる。真っ直ぐ耐えようとすれば、サオリの細い足は枯れ枝のように折れるだろう。だが、耐えきれなければ場外負けになる。
 サオリはとっさに、利き足による発動速度のわずかなズレを利用した。
 右足で先に発動したストッピング・ストーンには、まっすぐ乗らない。真横に近い斜めに乗る。横にできた壁を蹴るようなイメージだ。
 サオリは、ステージに向かって跳んだ。
 地上50センチで出来たストッピング・ストーンだ。310キロの落下エネルギーがかかっている中で蹴飛ばしたところで、もちろん、高さ1メートル以上はあるステージには届かない。ただ、斜めに地面に落下するだけだ。
 だが、遅れて発動した左足のストッピング・ストーンが、地上5センチの位置に出現する。
 サオリは、これも斜めに蹴り飛ばし、そのままステージの横に激しくぶつかった。
右足、左足と交互に体重を分散させ、残りの落下エネルギー全てを、ステージの土台横にぶつける。五点接地法の応用だ。
 ステージの土台に当たっても、モード・アルキメスト状態のサオリには負荷がかからない。ただ、土台が壊れるだけだ。サオリは、ステージ横にぶつかったまま、ステージの上に向かって回転した。
 ケガをする心配が無いので、自分の体のコントロールに集中すればよい。サオリは三回転しながら、落下エネルギーをステージの土台横にぶつけた。
 そのままステージの端に手をかける。ステージの上へと転がり戻る。
 が、目の前にタンザの足。
ーーヤパ。蹴られる。
 今蹴られたら、今度こそ場外に飛ばされる。もう、逃げる術はない。
 サオリは、回避と防御の姿勢を取った。
 が、タンザは攻撃してこない。
 腕を押さえたままだ。
ーーん?
 サオリは辺りを見回した。
 客と、スタッフと、参加者たちの拍手と歓声。興奮から労いへと代わっている。
ーーあ。時間?
 試合は、すでに終了していた。
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