第197話 VIPルームE(1) VIP Room E

文字数 1,832文字

 VIPルームEはペランダに2名、前室に2名の護衛が警護している。他の部屋よりも、より公式な警備がなされているようだ。
 中には、3人のお抱え執事。そして、3人の貴族風な男性しかいない。貴族の年齢はバラバラだが、全員の顔つきは似ている。太い眉毛と揉み上げ。切長の目。筋の通ったワシ鼻。タクシス家の当主と、2人の息子たちである。
 タクシス家は、イルミナティ12貴族の一つだ。地位としては、13血流の上にいる。とはいえ、13血流ほど、世の中を動かしているわけではない。君臨すれども統治せず。13血流にお金を貸すことで上位に立っている。
 元々は、イタリアの一貴族にすぎなかったタクシス家。だが、15世紀後半、神聖ローマ帝国の郵便事業を一手に引き受けたことから、タクシス家は、大きく勢力を拡大した。
 ベルギーを拠点として、郵便事業と共に、スパイや武器販売なども手がけた。ロスチャイルド家をはじめとした、多くの13血流に対しての支援もしてきた。ヨーロッパのEUの雛形も、タクシス家が作成した。メートルやキロなどの、測量単位の統一も、この一族が成し遂げた。
 ヨーロッパの歴史を作った一族なのである。
 現在の本家は、ドイツのフランクフルトにある。広大な土地を持っているので、林業、農業、不動産、銀行、工業など、多岐に渡ってオーナーとして会社を所有し、莫大な不労所得を得ている。
「オヤジ。クシコスポストを借りるぜ」
 一番若い青年が立ち上がった。背は高いが、やや小太り。黒髪をソフトリーゼントで整えている。34歳。次男の、アルベルト・トゥルン・ウント・タクシスだ。
「おや? もう行くのかい?」
 白い揉み上げ。それ以外はハゲている老人がたずねる。肩は丸まり、目もくぼみ、豊麗線もクッキリとしている66歳。だが、精力的な声だ。現当主、カールアウグスト・トゥルン・ウント・タクシスである。
「代表戦だろ? だったら勝負は決まった。これ以上見る必要はない」アルベルトの後を執事がついていく。
「何をしてるか知らんが、やりすぎるなよ」
 一番背の高い青年が忠告する。おでこがハゲ始めているのは遺伝だろう。無精髭を生やし、柔和な顔つき。38歳。長男にして、次期当主、ヨハネス・トゥルン・ウント・タクシスである。
「一族に迷惑はかけねーよ!」いちいち忠告してくる兄に腹を立て、アルベルトは激しく扉を閉めた。カールアウグストとヨハネスはお互いに首をすくめる。
「やれやれ。親子団欒の時間は終わったな。お前は動かなくていいのか?」
「今回は見ですね」ヨハネスは堂々としたものだ。カールアウグストは続けてたずねた。
「アルベルトが何をしようとしているか、分かるか?」
「ええ」ヨハネスはたっぷりと間をとって話を続けた。
「あいつは、エメラム城のお姫様にご執心ですからね。おそらく、彼女のおねだりを聞きにいくのでしょう」
「お前はいいのか?」
「ファンタジーやアルカディアには一切絡まない。そう決めているんです」ヨハネスは、優雅に軽く手を振った。
「なぜだ? 莫大な力が手に入るぞ」カールアウグストは楽しそうに尋ねる。ヨハネスは大きく息を吸い、ゆっくりと質問に答えた。
「確かに、錬金術の力は莫大です。ただ、絡めばダビデ家と対立することになります。攻められているならともかく、自分たちから関わることは時間の無駄です」
 そのまま続ける。
「それよりもお父上。私がアルベルトを止めないのは、以前のお父上との約束があるからですよ。覚えてらっしゃいますか? もし、アルベルトがいざこざを起こしたら、タクシス家を守るためには、縁を切ることも厭わない、というお話を」柔和な顔のまま、ヨハネスが確認する。
「ああ。アルベルトにも言ってある。問題ない」カールアウグストは立ち上がり、選手たちが映っている巨大スクリーンを眺めた。
「だがな、もしアルベルトが、よりタクシス家の権力を上げる成果を出したら、その時には後継者が変わる、かもしれないぞ」茶目っ気を出して脅してみる。
「問題ありません。私は私で動いておりますから」ヨハネスは余裕だ。
「ほう。自信ありげだな。根拠はあるのか?」
「もちろんです」ヨハネスは微笑んで続けた。
「先祖の遺言にもありましたよね。もし、郵政民営化などで、郵便事業が売り出された時には、片っ端から乗っ取っていけ。情報が全てを制する、という言葉が」執事2人に部屋から出るよう指示し、ヨハネスは、ウィスキーの水割りを作りながら説明を続けた。
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