第92話 2回戦(6) Second Round

文字数 2,319文字

 2時24分。真言立川流の3人は、第2エリア、絵本の森へと足を踏み入れていた。先頭はカンショウだ。一番勘が鋭い。
ーー非道の匂いがする。たくさんの血を吸って生きてきた人間特有の、ドブくさい匂い。いくら香水で隠しても誤魔化しきれない。
 カンショウは鼻をヒクヒクとさせた。
ーー以前は自分から漂っていた匂い。だが今、俺からは臭ってこない。俺は、正義と悪ならば、絶対的な正義にいる。自信がある。真言立川流に出会って、俺は変わった。
 大体の場所に、隠れている人がいるという目星をつける。
ーー俺たちは正義。ゆえに、どんな巨悪に対しても、一歩も引く気は無い。
 カンショウは重心を低くし、歩みを遅くする。その様子をみて、カンレンとジャクジョウの2人も周りに注意を払う。カンショウは完全に止まり、大音声で語りかけた。
「タンザよ。お前が隠れて、俺たちを襲おうとしているのはわかっている。言いたいことがあるのなら、正々堂々、正面から話してみたらどうだ?」
 少しの静寂の後、本の裏側からタンザが、3人の前に姿を現した。
「ふっふっふ。よくわかったな」
 先ほどまでかすかに感じていたオーラは、実際に相対してみると禍々しい。丸見えだと思っていたオーラだが、一応は隠していたようだ。
ーーなんて自信を持っている大男だ。
 ジャクジョウは、自分より大きな人間を見たことがなかった。だが、目の前の大男は、2メートル近い身長を誇る自分よりもさらに30センチ高く、100キロは重い。
 圧倒的威圧感。
 先ほど蹴り折られた肋骨が痛みだす。
「寂乗。後ろも気をつけろ」
 カンレンに注意をうながされるまで、ジャクジョウは、ビンゴとボルサリーノの存在を忘れていた。
ーーそうだった。
 ビンゴとボルサリーノがいない。明らかな悪の匂いはする。だが、どこからするのか、何人いるのかまではわからない。タンザの存在が圧倒的すぎるのだ。
ーージャクジョウが浮き足立っている。
 カンレンは振り返らずに言った。
「寂乗。前に出て、タンザのお相手をしなさい。残りの2人のお相手は、我々がしましょう」
 見えている敵だけを相手にするなら自分の力を出せるだろう、というカンレンの配慮だ。
ーーすいません。
 ジャクジョウは構えたままの姿勢で前に出た。
ーー一度やられたので心がひけていたが、自分に小細工は似合わない。残りの2人にたいして何も気にせずに相対できるのであれば、タンザとでも対等に戦えるはずだ。なに、先ほどの借りを返せる良い機会ではないか。
 ジャクジョウは、気合いがみなぎってきた。スーパー・ヴェローチェについては、先ほどカンレンから、連発もできないし、そんなに何度も撃てるものではないと聞いていた。少しでも無駄撃ちをさせてくれ、とも。
ーー何度か耐えれば使用できなくなるというのであれば、拙僧にも勝機はある。
 ジャクジョウは、まっすぐな目でタンザを観た。白いスーツを着た大男。目の前に敵がいるというのに、いまだポケットに手を突っこんでいる。余裕綽々だ。だが、その分、手の攻撃に注意を向けなくてもいい。大足のタンザという異名通り、足だけに注意して戦うのならば、いかに速くても、何度かのスーパー・ヴェローチェに耐えることはできるだろう。
 タンザは、ジャクジョウとは目を合わせない。後ろに下がるカンレンに向かって軽口をたたいた。真言立川流の代表だからだ。
「おい! こんなチビを前に出さねーで、お前が謝りに来い!」
 英語がうまいというわけでは無いが、ジャクジョウにも聞き取れる程度の簡単な単語をうまく使用している。
ーー2メートル近い拙僧がチビと罵られる日がくるとはよ。
 ジャクジョウは、夢ではないかと現実を疑った。
 その瞬間、突然、戦いがはじまる。
 目線も合っていないタンザから、いきなりの前蹴り。スーパー・ヴェローチェではない。
ーー受けるか避けるか。
 1回戦の衝撃を思い出し、ジャクジョウは反射的に後ろにさがっていた。
 真言立川流の3人が一瞬まとまる。
 その瞬間、横から激しい音と雪崩。
 3メートル以上あるページのオブジェが、3人の上へと倒れてきた。
 逃げようとしても逃げ道がない。
 倒れてくるページをおさえようとすると手を上げなくてはならず、タンザの前で鈴が無防備になってしまう。
ーーオブジェはおそらく軽い。ならば!
 ジャクジョウは全身に気を込め、力を入れ、ただ立ち尽くして耐えることにした。
ーー立川流八十八式戦闘術、大金剛!
 とにかく、鈴をとられてしまうことが一番の悪手だ。
ーータンザにだけは隙を見せない! ビンゴやボルサリーノが何かしてくるのだとしたら、それは観蓮様になんとかしてもらおう。
 タンザは、ジャクジョウがまったくひるまないことに喜びの笑みを浮かべた。
ーーやるじゃないか。
 押し倒された本の裏側から、ビンゴがあらわれる。
 2人で真言立川流を挟みこむ。殺戮の巨神兵の必勝パターン。こうして、間にいる敵を、何人も叩き潰し、蹴り壊してきた。
 真言立川流にとって、絶体絶命のタイミングだ。
 その時、タンザの背後の本に隠れていたボルサリーノが叫んだ。
「タンザさん! KOKが戻ってきたでやんす!」
ーーなぜ?
 先ほどの休憩時間で、アイゼンとカンレンは同盟を結んでいた。タンザはそのことを知らない。
 タンザは背後が気になった。体のバランスが崩れる。この体勢では、絶対に攻撃ができない。出来たとしても効果的な力は無い。
ーー今だ!
 ジャクジョウは、タンザの気がそれた瞬間を見逃さず、防御を固めて突撃した。
ーー立川流八十八式戦闘術、大砲!
 アメフト選手のように低く、タンザにタックルをする。
 瞬間。
 ジャクジョウは意識を失っていた。
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