第98話 2回戦(12) Second Round

文字数 2,032文字

 アイゼンはオポポニーチェから逃げて、第5エリア、ティガーの蜂蜜採りに、その身を隠していた。プーさんのハニーハントの中でも一番暗く、相手が来たことを一瞬で判断できる場所だからだ。戦闘IQがある程度高ければ、誰しもがこのエリアを狩場の一つとするだろう。
 隠れて一息つく、その直後だった。アイゼンは、オポポニーチェが鈴を奪られたというアナウンスを聞いた。
ーー??? 誰が鈴を奪ったのだ? まさか、またしてもタンザ?
 アナウンスでは、誰が奪ったのかまでは知らせてくれない。しかし、今生き残っているのは、フォーとシザー、タンザとビンゴ、そして、行方不明のサオリしかいない。
ーー沙織が無事だったら、オポポニーチェが近づいてきた時に警告をしてくれる手筈になっていた。ということは、沙織の身に何かが起きているということだ。結果、オポポニーチェの鈴を奪れるのは、タンザかビンゴしかいない。ヌドランゲタ、恐るべし。
 同時にアイゼンは、サオリのことが心配で仕方がなかった。
ーー鈴を奪られていないけどアナウンスもない。一体、どういう状況なんだろう?
 答えは探しに行く間もなく、すぐにハニーポットに乗ってやってきた。グッタリと倒れているサオリが流れてきたのだ。
「沙織! 沙織!」サオリを揺り起こす。
「あ、ああ。アイちゃん」
ーーアイちゃんならいっか。
 サオリは眠いので、半目で答えた。いくら昼寝をしたからといって、10年近くも早寝早起きをしてきたサオリにとって、習慣は、こんな危険な状況においても、容赦なく襲いかかってくる。しかも、普段以上の集中力を発揮したのだから、睡魔の勢いは止めようもない。
 サオリは安心して、再び眠りに落ちた。元々、体が小さいのだ。体の不利を精神力で補おうとすると、どうしても疲労しやすい体質になってしまう。こればかりはどうしようもない。
 アイゼンは、寝ているサオリを見て、これ以上闘える状態ではないと判断した。
ーー一体、どこでこんなにも精神力を使ったんだ? もしかして、私が見ていない間に、オポポニーチェの別の能力にやられたか。とにかく、このままポッドに乗せていても仕方ない。ひとまず休ませよう。
 アイゼンはサオリを抱え上げ、ティガーが跳びはねている茂みの裏側に隠した。サオリはすでに、小さな鼻で寝息を立てている。
 サオリの手首を触って脈をとる。正常だ。
ーー怪我はないか?
 どこにも異常がない。ポシェットから、ピンクのクマのぬいぐるみが顔を覗かせている。
ーークマオも動かないのか。全く、こんな時にまで。
 一通り診たが、なにも問題なさそうだ。アイゼンは、サオリをまじまじと見た。
ーーしかし可愛い。
 アイゼンはサオリの頭をなでた。気持ち良さそうな顔をしている。
 天井から、フォーとシザーが鈴をとられたアナウンスが、のんびりと流れ渡った。
ーーさて、と。
 これ以上、リリウス・ヌドリーナに点を取られるわけにはいかない。アイゼンは立ち上がった。
ーーヌドランゲタは結局、寂乗の鈴3点と、黄金薔薇十字団の鈴9点。合計12点を取った。ということは、現在、タンザとビンゴの尻尾2本も加えて、22点、というわけか。黄金薔薇十字団は、ギンと観蓮、観照の鈴で9点。私たちが今のところ、ボルサリーノの尻尾5点と、沙織と私の鈴で11点、か。1回戦ですでに10点の差がつけられてる。このまま終わると、さらに11点開いて21点差。さすがに3回戦以降で逆転することが難しくなる。
 このエリアは入口がひとつしかない。誰かが入ればすぐ分かる。アイゼンは、さらに考えることに自分の集中力を割いた。
ーーもし、タンザとビンゴの尻尾を奪えれば、ヌドランゲタ12点、私たちが21点。1回戦の点差はほとんど埋まる。ということは、ネズミを狩りにいかないと。
 まさにキャッチ・ザ・マウスだ。柔軟をして、体をほぐす。
「殺戮の巨神兵、か。巨大なネズミ退治は大得意。ラーガ・ラージャの名を広めるには格好の獲物ね」自分を奮い立たせるためのセリフだ。覇気を乗せる。
ーーしかしヌドランゲタは、どんな方法で、あのオポポニーチェから鈴を奪ったのだろう……。もしかして、SV以上の技を持っている? 
 アイゼンは、隣で寝ているサオリがオポポニーチェの鈴を奪ったことを知らない。リリウス・ヌドリーナが奪ったものだと思っている。
ーーしかし……。
 アイゼンは軽くため息をついた。
ーー作戦て、こんなに失敗するものかしらね。
 アイゼンは、まつ毛の長いサオリの寝顔を見て、困った笑顔をした。だが、困っても誰も助けてはくれない。自分を助けるのは自分だけ。成功するためには自分で現状を打破する。それ以外の道はない。
「35分経過だよー」プーさんのアナウンスだ。時間は刻一刻と迫っている。。
ーーサオリの笑顔は私が守る。虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。
 アイゼンは、自ら竜巻に向かって進んでいくような心境でサオリから離れ、タンザとビンゴの尻尾を狙いに向かった。
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