第185話 4回戦(28) Final Round

文字数 1,484文字

 白いスーツを着た2体の巨大な化け物が、呆然として立ち尽くす。怪物退治に成功した侍は、弾き飛ばされて壁にぶつかる。完全な脳震盪だ。失ったバランスを立て直しながら壁にもたれ、よろめきながら姿勢を正そうとする。視線はまだ定まっていない。激しく地面に叩きつけられた戦姫は、傷だらけになりながらも尚笑う。
ーーあそこまで密着すれば深刻なダメージを受けないと思ったが……。さすがは戦慄の巨神兵。凄い力だ。
 アイゼンは、自分の体がどこまで動けるかを確かめた。
ーー全身打撲。肋骨と指も何本か折れている……。左腕が全く動かない。吐き気も上がってきた。内臓も損傷しているかもしれない。血を吐いた。やっぱりそうだ。
 ボロボロの肉体とは裏腹に、アイゼンの心の中は「やりきった」という充足感に満ち溢れていた。自分は負けたが、これで相手は細腕のボルサリーノ1人だ。点数は46対49。わずか3点差。ギンジロウは怪我を負ったが、ボルサリーノとの戦闘力には余りすぎるほどの差がある。怪我したライオンでもチワワには負けない。そしてラーテルのように凶暴な爪を隠し持つサオリは無傷。どう考えても負ける要素はない。
ーーまた勝った。私は運がいい。
 同時にアイゼンは、ヤマナカと交わした契約についても考えていた。
ーーこれでスカル&ボーンズに入る術はなくなった、か。
 アイゼンがヤマナカを通してバンディ家と結んでいた契約は、わざと優勝しなければスカル&ボーンズに入会できる、というものだった。
 スカル&ボーンズは、イェール大学に古くから存在する伝統ある秘密結社だ。優秀な新入生12人がその対象に選ばれ、過去何人もの大統領や世界の重役を担った人物を輩出している。優秀なイェール大学の優秀な学生が毎年選出され、彼らが助け合う組織である以上、権力を握るには一番の近道だ。バンディ家だけではなく、ラッセル家を代表とする他の13血流も多数在籍している。
 アイゼンは9月からヤマナカに推薦されてイェール大学に入学する。アイゼンなら英語がネイティブではないという不利はあれどスカル&ボーンズに入会するだけの優秀さは備えているだろう。ただし、個人では絶対に入団できない。なぜなら、スカル&ボーンズは男性のみに入会が許される秘密結社だからだ。
 これは、黄金薔薇十字団を勝たせるためのバンディ家の計略だった。だから、黄金薔薇十字団が優勝できなくなった今、もしかしたらまだ権利は続いているかもしれない。
ーーだが、もうどちらでもいい。どうせアメリカは、アメリカ生まれの人でないと大統領にはなれない。これだけ世界に私の力を見せつけたのだ。スカル&ボーンズ以外にも、まだ私のように優れた人材を欲しがる権力者は後を絶たないだろう。
 アイゼンはゆっくりと立ち上がった。隣には、腰を抜かして戦慄いている細い生き物がいる。アイゼンはスタッフたちによって担架に乗せられ、外へと運ばれていく。心配そうに見つめているサオリの姿が見える。
ーー沙織。あとは頼んだ。
 アイゼンは、寝たままの姿勢で親指を突き上げた。
ーーアイちゃん。大丈夫だった! じゃあ後は。
 サオリは喜びのあまり、廃墟を子鹿のように軽快に飛び跳ね、ボルサリーノの近くに素早く近づいた。ギンジロウは竹刀を持ち上げ、ボルサリーノを睨みつける。脳震盪からも徐々に回復し始めている。盤石の体制だ。
 アイゼンは、天井に輝く満月のようなオブジェに目を移し、ゆっくりと、ある和歌を思い出していた。
ーーこの世をば 我が世とぞ思う望月の 欠けたることの なしと思えば
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