第36話 経緯 Course of  The Game

文字数 2,455文字

 ミハエルの気持ちを全く知らないのは、ハワイのヒロにある会議室でも同様だった。ここでは現在、ザ・ゲーム委員会による、選手選考会議がおこなわれている。
 フタバが参加希望書を提出してから3日。サオリたちはすでに選考に合格していた。当然だ。なんせ、ザ・ゲームを創案した男からの推薦なのだから。

 今回、ザ・ゲームが開催されることになった経緯について説明しよう。
 まず、エジプトのカイロにあるフリーメイソンリー、ソブリン・グランドロッジに、シワの街から1人のフリーメイソンが訪れたことが事の発端である。
 彼はカッターラ低地を横断する途中、砂の上に、艶々と光る梵字が描かれたドクロを発見した。貴重品のような気がしたので拾ったが、一介のサラリーマンである彼には換金の仕方が分からない。そこでカイロに到着した際、エジプトのフリーメイソンリー・グランドマスターに助言を求めた。
 グランドマスターも、このドクロの価値は分からなかった。ピラミッドで発掘されたものではない。貴金属品でもない。もしかしたら、異国に行けば10ギニーで売っている程度の、質の悪いお土産物なのかもしれない。
 だが、この男とは20年来の付き合いだ。騙すようなことはしない。信用に値する男である。それだけは分かっていた。
 彼の想いに報いたい。
 その一心で自腹を切り、グランドマスターは彼に、5万ギニーを支払った。日本円だと大体30万円だ。本当は、そこまでの価値はないだろう。だが、ピラミッドの発掘で出てきたミイラがそのくらいの値段で買われていたと聞いたことがある。もし何の価値がなくても、グランドロッジに飾っておけば良かろう。その程度の金額だ。
 男は突然のボーナスに感謝し、喜んで帰っていった。
 その晩、エジプトのグランドマスターは、フリーメイソンリーの懸賞金データベースで画像検索をかけてみた。このシステムはドーラ会が制作したものだ。フリーメイソンリーでは、幹部しか使用できない。
 無駄だろうと思っておこなったこの検索に、ドクロが引っかかった。
 貴人の頭骨。懸賞金は7万ドル。
 グランドマスターは早速、鑑定を依頼した。
 次の日、フリーメイソンリーからやってきた鑑定士によって、めでたく本物だと鑑定され、ドクロは本部に引き取られた。
 この後で、彼が親友に豪勢な食事でも奢ってやろうと思ったことや、些細な金にまつわる醜い諍いが起きたことは、また別の話だ。

 引き取られたドクロは、フリーメイソンリーで更なる詳しい鑑定をした結果、10年前に真言立川流が盗まれた、護良親王のドクロだということが確定した。
 真言立川流とは、日本の宗教団体だ。
 が、その存在についての説明は、少々難解である。平安時代から江戸時代にかけて存在した密教と同じ名前だが、その内容は全く違う。どちらかといえば、真言立川流が批判した「彼の法」集団によく似ている。
 特徴は2つ。
 1つは、髑髏本尊という、貴人のドクロを崇めていること。
 1つは、儀式に性行為を取り入れていること。
 そこに、陰陽思想や、生と死を思って生きろ、という教義がある。
 が、これらの教義は、ただの後付けに過ぎない。
 本当は、明治時代に新設された組織で、金と女を目的とするオカルト集団だ。
 だが、権力者と繋がらないと金を稼ぐことはできない。もっともらしい権威をつけるために、この組織はね嘘を嘘で塗り固めた。
 結果、幻の仏教、真言立川流として生まれ変わることが一番都合が良かった。
 嘘の例をあげればキリがない。例えば、東京赤坂にある醍醐院東京別院が本寺となっているが、京都の醍醐院とは何の関係もない。護良親王は生前、真言宗ではなく天台宗の座主だった。そもそもこのドクロは、組織の創始者がたまたま拾っただけのモノで、本当に人間の頭骨なのかどうかすら分からない。だが、この宗教を疑う者など誰もいない。宗教など、それらしくあればなんでもいいのである。
 設立当初は予定通り、権力者たちへの女性接待の隠れ蓑として隆盛した。けれども、歴史が長いというのは凄いものだ。150年のうちに、権威をつけるための嘘が発展し、今では本当の宗教として生まれ変わっている。信者は2000人以上、裏社会では根強い人気を誇っている宗教団体だ。
 
 フリーメイソンリーは鑑定した後、ドクロをドーラ会に渡せばそれで終わりだった。懸賞金データベースには7万ドルと載せているが、諸経費や儲け分も必要なので少なく書いている。実際には10万ドルの懸賞金がかかっているのだ。
 ただ、これではトントンだ。今回は鑑定が難しく、経費が高くついた。儲けにはならない。
 そこで、真言立川流がフリーメイソンリーの友好団体であることもあり、直接、16万ドルで譲り渡そうと画策した。ドーラ会経由で買おうとすれば、おそらく20万ドルはくだらない。両方にとって利益になる。
 だが、その申し出を真言立川流は断った。もともと自分たちの物なのだ。見つかったら返してくれるのが礼儀であろう。もちろん、かかった経費は払う。これが立川流の言い分だ。
 交渉は平行線をたどり、1ヶ月が経過した。
 ただ、無料で返すという選択肢はない。諦めてドーラ会に売ろうと思ったその時、朗報が舞い込む。真言立川流が別の組織と、武力衝突も辞さないほどの諍いを起こしているという情報だ。
 フリーメイソンリーは友愛結社。死者が出るような衝突を避ける必要がある。
 そこで真言立川流に、ザ・ゲームで決着をつける方法を提案した。試合に出場して、諍いを終わりにする。賞金も出す。しかも優勝賞品として、護良親王のドクロを用意する。こんな破格の条件で。
 真言立川流としては、提案を受ければ、今抱えている全ての悩みが解決する。喜んで受諾した。
 フリーメイソンリーとしても利益がある。ザ・ゲームは、開催さえすれば必ず儲かる、金を生み出す巨大賭博だ。参加者と理由さえあれば、いくらでも開催したい。
 こうして今回のザ・ゲームは、真言立川流が軸となって始まった。
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