第188話 VTR(2) VTR

文字数 1,200文字

 ボルサリーノは尻餅をついたまま、何が起きたか良くわかっていない。放心状態になっていた。
ーー今まで修行して、こんな苦しい闘いをして、やっとここまで、勝てる直前まできたんじゃないか。それをなんで……。
 ギンジロウの脳内では、様々な思いが錯綜している。サオリに振り返り、釈然としない表情で尋ねた。
「なんで……」その後の言葉が出てこない。だが、それだけでサオリには十分だった。言いたい言葉は理解できる。サオリはクマオに促され、信念の赴くままにボルサリーノを助けた。その選択に後悔はない。
「ごめんなさい。ドクロひとつで死ぬことない。そう思ったの」
 申し訳ないという気持ちはある。サオリは、いつもより無表情に、いつもよりボソボソとした話し声になっていた。小さくて、生意気で、大人しくて、凶暴性を内に秘めている小動物は、ギンジロウから視線を逸らさない。じっと見つめている。
ーー沙織さんも、俺がボルサリーノを殺すと思ったのか? こんなに細くて弱い相手、殺すはずがないじゃないか。俺は騎士だ。弱いものいじめは絶対にしない。
 ギンジロウは憤りと共に、サオリに認めてもらえていない寂しさに苛まれた。感情が爆発しそうだ。深いため息をひとつつく。サオリにたいしては珍しい態度。それくらい落胆したのだ。サオリをじっと見つめ返す。
 サオリは唇を震わせ、大きな目に大粒の涙を湧き出させていた。上を向き、必死で涙が溢れないようにしている。その顔には、ギンジロウにたいする疑念は一片も感じられない。ただ、謝罪の気持ちしか感じられなかった。
ーーなぜ沙織さんは信じてくれなかったんだと俺は落胆したが、これは間違ってる。沙織さんが俺を信じていないのではない。俺が沙織さんを信じきれてないのではないか?
 ギンジロウは考え直した。
ーーよく考えたら、俺がボルサリーノを殺すだなんて思っているはずがない。そして、この申し訳ないという目つき。沙織さんは、ボルサリーノが負けたら死ぬという確信を何故か持っていたのかもしれない。
 ギンジロウは周りを見渡した。
ーー例えば、竹刀に突かれてボルサリーノが倒れたら、先に尖った刃物が置いてあるとか。
 橋の欄干を見たが特に何もない。だが、徐々にサオリの心が分かってきた。
ーー沙織さんは、いつも1人で問題を解決しようとする。今回も理由があったに違いない。俺は沙織さんを信じる。穏便に許す。そうすれば優しくて度量の深い、強い男だと思ってくれるかもしれない。
 スイッチングだ。ギンジロウは、竹刀を一度片手で振った後、笑顔になってサオリに答えた。
「わかりました。俺も自分が一番強いと証明できた。問題はありません。だから、泣き止んでください。沙織さん」
 できたら、そのままサオリの頭を優しくポンポンと撫でたかったが、さすがにそのチャンスを掴むことはできない。それでもギンジロウは、自分なりに上手くやったと心の中で胸を張った。
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