第174話 4回戦(17) Final Round

文字数 1,999文字

 フォーが殺害された後、ワイアヌエヌエ・カジノは一時、冷房が効きすぎているのではないかと勘違いしてしまうほどの醒めた雰囲気になっていた。心中興奮している者もいたが、他人の前で「人が死んだぜ! サイコーの気分だ!!」なんて叫ぶほど空気の読めない客はいない。金持ちや地位の高い人たちは、魑魅魍魎が跋扈する裏社会でも勝ち抜いてきた強者ばかりだ。空気を読む感覚には長けている。そしてオポポニーチェの貫くような視線もまた、観客たちの静寂に一役買っていた。
 だが、クー委員長の対応は早かった。空気が冷えきる前に動く。ザ・ゲーム委員会で1番声にも張りがあるマコアが、自信たっぷり、ゆっくりとした口調で説明を開始する。その間、わずかに3分だ。
 3分の間に委員会をまとめ、バラ十字会幹部ハリー・バンディと情報のすり合わせをし、アオロナが内容をまとめ、マコアが客に発表する。対応が素晴らしく速い。
「ただいまの行為について説明いたします。委員会で協議した結果、フォーとシザーのホムンクルスは、ある人間を模して作られた肉人形だということが判明いたしました。ただの肉塊です。生命はございません。大きなソーセージと思ってください。このことを証明するために、現在、黄金薔薇十字団と共に、ホムンクルスのモデル本人による説明も準備しております。繰り返します。人は殺されておりません。安心してお楽しみください。また、味方チームに対してとはいえ、敗者が試合の妨害をした罰として、黄金薔薇十字団は罰金の上、今後3年間、ザ・ゲームに参加することはできないものといたします」
 衝撃的な残虐シーンは、目に見えずとも客の感情に鈍い興奮を残していた。そこに、「人の死は存在しなかった」、「オポポニーチェにも罰を与える」という免罪符をくべる。
 興奮していいんだ。モラルに反していない。
 解放され始めた客の感情にクリケットの解説が加わる。
「長かった戦いもいよいよクライマックス! 海賊王は並び立たず! 第7エリア、襲撃された街の終わりにて、生き残った2組はついに雌雄を決します! 片方は牢獄へ。片方は宝の部屋へ。勝者総取りの最終戦。幕開けの時は迫っております!」
 くすぶっている焚き火に薪をくべるように、観客たちの喝采は今まで以上に激しく燃え上がる。ワイアヌエヌエ・カジノは、本日最大の興奮を迎えていた。

 カリブの海賊ステージでは激突の準備が進められている。
「やるか」ギンジロウは橋の影から2本の棒を取り出した。竹刀だ。1本をアイゼンに放り投げ、自分も握りを確かめる。
「カタナ?」タンザが眉を歪める。
「そうよ。これくらいは許して」アイゼンはタンザと視線を合わせながら、片手で竹刀を2回振った。
 武器の持ち込みは禁止だ。東京ディズニーランドに入る際、選手たちは持ち物チェックをされている。タンザたちも銃やナイフを係に預けた。ギンジロウの模擬刀は練習用として持ち込みを許可されたが、試合での使用は認められていない。竹刀だって同様だ。持ち込めば使用できない。
 だが、「試合前からアトラクション内にあるものは自由に使用することができる」。この抜け道をアイゼンは利用した。東京タワー。サンリオピューロランド。東京ドーム。スカイツリー。浅草雷門。試合場になる可能性のありそうな全てのランドマークに竹刀を2本ずつ、あらかじめ隠しておいたのだ。
 東京ディズニーランドの外周は高い鉄柵で囲まれている。監視システムも厳重だ。侵入することはできない。だが、ジャングルクルーズの裏側は道路に面している。人が入るとバレてしまうが、竹刀を放り込む程度では誰も気づけない。おまけに場内が見えないように密林に覆われているため、点検以外では客もスタッフも入らない。その盲点をついてアイゼンは竹刀を2本、そっと密林の中に隠しておいた。
 あらかじめ竹刀を忍び込ませていたアイゼンは、試合場を決める時に別行動をとり、その竹刀を回収して、密かにカリブの海賊の橋上に仕込んでおいたのだ。
 もちろん、これがルールに反するといわれれば違う戦略も考えていた。カリブの海賊内は固定されてはいるものの、レイピアやカトラスがそこらじゅうに落ちている。その中でも長くて強引に剥がせば使用できる武器にも目星もつけていた。試合前に仕込む時間がなくても、休憩時間に仕込みにいく方法も考えていた。
 敵と対する際は、相手の長所を出させず、自分の長所を生かせる状況にしておかなければならない。サオリの長所が小さくて俊敏な動きであるように、アイゼンやギンジロウの長所は剣のうまさだ。長い得物を最終戦で手にすることは、アイゼンの戦略には欠かせなかった。
 戦略は常にたくさんの網を張っておくことが肝要だ。今回竹刀が使用できたのは偶然ではない。いくつも仕込んでおいたアイゼンの戦略のうちの一つがハマった。ただそれだけのことだった。
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