第19話 決勝戦(1) Final Round
文字数 2,108文字
ミサオとアイゼン。防具を着た二人。身長はほぼ同じだ。気力はじゅうぶんに満ちている。
互いに蹲踞の姿勢をとる。
ミサオは落ち着いた呼吸で、視線を合わせようとする。
アイゼンは、下を向いてとりあわない。呼吸が異常に速い。心臓をポンプのように動かして、血を体内に速く循環させているのだ。
仙術、神宿り。短時間だけ、普段以上のパフォーマンスを発揮できるようになる呼吸法だ。使用後の疲労がハンパないので、ピンチの時にだけしか使えない。
だが、なんとか決勝戦まで温存することができた。今から五分間は最大の力を発揮できる。
観客は固唾を飲んで見守る。
「はじめ!」
審判の合図で、両者は立ち上がった。
ミサオの強みは、ほぼ全局面だ。鍛え上げられた肉体。生まれ持った手足の長さ。卓越された技術。反射神経もいい。まさに現代剣道の完成形だ。
一方、アイゼンの強みは、剣道とは別の部分にある。一度見たものを正確に覚えられる図像認識記憶。知り得た情報を自在に操る応用能力。動きを予測する先読み能力。そして、自分の体を思った通りに動かせる運動反射能力。全て仙術の基本だ。
さらに、ミサオの今までの試合動画を全て、穴が開くほど研究してきている。
始まりは静かだ。
アイゼンとミサオは、お互いの隙を探るかのように剣先を動かす。一万人の観客は固唾をのむ。
突如、雨の降る夜の静けさを破るがごとき雷鳴の動き。
木の床に体重を乗せ、踏み抜く足音。
互いの竹刀が軋む音。
ダーン。
ドーン。
カチン。
カチン。
「やー」
「メーン」
一瞬交わった二人は、弾けるようにして位置を変え、元の美しい立ち姿勢に戻った。
静寂。
場内の盛り上がりは一斉に爆発する。
観客は、大声をあげて足を踏み鳴らした。
剣道の礼儀作法では、こういう時の観客は、拍手以外してはいけない。だが、この美しさにたいしてのリスペクトは、拍手ではそぐわない。自明の理だ。礼儀作法に厳しい解説のモリタも注意をしない。ただただ試合に注視していた。
試合はモリタの予想どおりだ。終始ミサオが、アイゼンを攻めていた。
アイゼンは攻められながらも巧みに避ける。何百回も見たミサオの過去の試合映像を元に、来る技を分析している。
ーーこれは、私が払う動きをすると、面から胴に移る技。
ーー逃げる私を追いかけて、小手を飛ばしてくる技。手首をひねり、剣の柄で受ける。
選手それぞれに得意な動きがある。レベルの高い選手ほど、反復練習を積み重ねている。ゲームでいうと、コマンドで出せる必殺コンボのようなものだ。
反復練習を繰り返された技は、精度と威力が増す。けれども精度が高いぶん、技が出ることさえわかっていれば避けられる。アイゼンは鋭い研究眼で、常人ではわからない小さな動きのクセを見逃さなかった。
ただし、わかっていても避けられない必殺技もある。必ず殺す。だからこその必殺技だ。相手の体勢が崩れた瞬間や、試合場の端に追い詰めた瞬間を狙って出される。出されたら最後、必ず負ける。
アイゼンは追い込まれたふりをしながら、追い詰められないようにして戦った。いわゆる擬態だ。
ーー私の100%の戦闘力は、桐生の70%程度。
一合しただけで、詳細な戦闘力を割り出す。
ーー桐生の使用戦闘力は、現在、全戦闘力の80%。残りの20%は、予想外の出来事があった時のためにとってある。
この20%を全て使わせなければ、アイゼンはミサオから、一本を奪うことができない。
ーー仙術、神宿りでドーピングしているので、私は120%の力が発揮できる。これでミサオの戦闘力の88%を使用させる。残りは12%。
アイゼンは、策をもって試合に臨んでいた。ただし、ミサオに最初から全力を出されては勝ち目がない。また、時間も重要だ。もともと実力差があるのだ。本気にさせて、長い時間を耐え切ることはできない。
試合時間は5分。本気のミサオの攻撃に耐え切れるのは、せいぜい1分。耐えきれなければ延長戦に突入かる。
そうなると、神宿りの効果も切れる。ミサオに勝てる確率はなくなる。
アイゼンが勝つには、乾坤一擲の策を繰り出すために4分間耐え、そこで有効打を放ち、その後も、本気を出させないようにしなければならない。
そのための事前工作はしてある。
試合前インタビューで、「ミサオを尊敬している」と持ち上げたのは、ミサオが、尊敬してくれる女性を冷淡に打ちのめすことができない性格だと知っているからだ。「女性ながら、こういう大会に参加させていただけて誠に光栄です」とお世辞を使ったのは、しょせん女性の力だ、と大会参加者全員に侮らせるためだ。
世間体として謙虚に見せてはいる。
だが、アイゼンは極度の負けず嫌いだ。目標を達成するためには手段を選ばない。
1%でも勝率が上がるなら、ルールに則っている限りの、あらゆる行動を起こす。もちろん、運が良くなければ負ける。だが、自分は特別な人間なのだという万能感を持っているゆえに、大事なところでミスはしない。
練りに練った作戦は、ラクダが針の穴を通るかのように、細い細い可能性だ。だが、その細い光は、アイゼンに道を指し示していた。
互いに蹲踞の姿勢をとる。
ミサオは落ち着いた呼吸で、視線を合わせようとする。
アイゼンは、下を向いてとりあわない。呼吸が異常に速い。心臓をポンプのように動かして、血を体内に速く循環させているのだ。
仙術、神宿り。短時間だけ、普段以上のパフォーマンスを発揮できるようになる呼吸法だ。使用後の疲労がハンパないので、ピンチの時にだけしか使えない。
だが、なんとか決勝戦まで温存することができた。今から五分間は最大の力を発揮できる。
観客は固唾を飲んで見守る。
「はじめ!」
審判の合図で、両者は立ち上がった。
ミサオの強みは、ほぼ全局面だ。鍛え上げられた肉体。生まれ持った手足の長さ。卓越された技術。反射神経もいい。まさに現代剣道の完成形だ。
一方、アイゼンの強みは、剣道とは別の部分にある。一度見たものを正確に覚えられる図像認識記憶。知り得た情報を自在に操る応用能力。動きを予測する先読み能力。そして、自分の体を思った通りに動かせる運動反射能力。全て仙術の基本だ。
さらに、ミサオの今までの試合動画を全て、穴が開くほど研究してきている。
始まりは静かだ。
アイゼンとミサオは、お互いの隙を探るかのように剣先を動かす。一万人の観客は固唾をのむ。
突如、雨の降る夜の静けさを破るがごとき雷鳴の動き。
木の床に体重を乗せ、踏み抜く足音。
互いの竹刀が軋む音。
ダーン。
ドーン。
カチン。
カチン。
「やー」
「メーン」
一瞬交わった二人は、弾けるようにして位置を変え、元の美しい立ち姿勢に戻った。
静寂。
場内の盛り上がりは一斉に爆発する。
観客は、大声をあげて足を踏み鳴らした。
剣道の礼儀作法では、こういう時の観客は、拍手以外してはいけない。だが、この美しさにたいしてのリスペクトは、拍手ではそぐわない。自明の理だ。礼儀作法に厳しい解説のモリタも注意をしない。ただただ試合に注視していた。
試合はモリタの予想どおりだ。終始ミサオが、アイゼンを攻めていた。
アイゼンは攻められながらも巧みに避ける。何百回も見たミサオの過去の試合映像を元に、来る技を分析している。
ーーこれは、私が払う動きをすると、面から胴に移る技。
ーー逃げる私を追いかけて、小手を飛ばしてくる技。手首をひねり、剣の柄で受ける。
選手それぞれに得意な動きがある。レベルの高い選手ほど、反復練習を積み重ねている。ゲームでいうと、コマンドで出せる必殺コンボのようなものだ。
反復練習を繰り返された技は、精度と威力が増す。けれども精度が高いぶん、技が出ることさえわかっていれば避けられる。アイゼンは鋭い研究眼で、常人ではわからない小さな動きのクセを見逃さなかった。
ただし、わかっていても避けられない必殺技もある。必ず殺す。だからこその必殺技だ。相手の体勢が崩れた瞬間や、試合場の端に追い詰めた瞬間を狙って出される。出されたら最後、必ず負ける。
アイゼンは追い込まれたふりをしながら、追い詰められないようにして戦った。いわゆる擬態だ。
ーー私の100%の戦闘力は、桐生の70%程度。
一合しただけで、詳細な戦闘力を割り出す。
ーー桐生の使用戦闘力は、現在、全戦闘力の80%。残りの20%は、予想外の出来事があった時のためにとってある。
この20%を全て使わせなければ、アイゼンはミサオから、一本を奪うことができない。
ーー仙術、神宿りでドーピングしているので、私は120%の力が発揮できる。これでミサオの戦闘力の88%を使用させる。残りは12%。
アイゼンは、策をもって試合に臨んでいた。ただし、ミサオに最初から全力を出されては勝ち目がない。また、時間も重要だ。もともと実力差があるのだ。本気にさせて、長い時間を耐え切ることはできない。
試合時間は5分。本気のミサオの攻撃に耐え切れるのは、せいぜい1分。耐えきれなければ延長戦に突入かる。
そうなると、神宿りの効果も切れる。ミサオに勝てる確率はなくなる。
アイゼンが勝つには、乾坤一擲の策を繰り出すために4分間耐え、そこで有効打を放ち、その後も、本気を出させないようにしなければならない。
そのための事前工作はしてある。
試合前インタビューで、「ミサオを尊敬している」と持ち上げたのは、ミサオが、尊敬してくれる女性を冷淡に打ちのめすことができない性格だと知っているからだ。「女性ながら、こういう大会に参加させていただけて誠に光栄です」とお世辞を使ったのは、しょせん女性の力だ、と大会参加者全員に侮らせるためだ。
世間体として謙虚に見せてはいる。
だが、アイゼンは極度の負けず嫌いだ。目標を達成するためには手段を選ばない。
1%でも勝率が上がるなら、ルールに則っている限りの、あらゆる行動を起こす。もちろん、運が良くなければ負ける。だが、自分は特別な人間なのだという万能感を持っているゆえに、大事なところでミスはしない。
練りに練った作戦は、ラクダが針の穴を通るかのように、細い細い可能性だ。だが、その細い光は、アイゼンに道を指し示していた。