第222話 イタリア大使館(1) Embassy

文字数 1,642文字

 タンザたちリリウス・ヌドリーナの三人は、イタリア大使館へと帰ってきた。日本での滞在地として利用している場所だ。
ーーん?
 いつもとは雰囲気が違う。警備が誰もいない。
ーーちっ。疲れてるっつぅのに。
 タンザは、一時間車の中で寝ただけでは疲れがとれていない。早く休みたい。そう思っていた。
 だが、ただならぬ雰囲気。瞬時に、もうひと騒動ありそうだということを覚悟した。常時、命を狙われる。これがマフィアの世界だ。
「なんだい? この無防備な警備は」ビンゴも気づいたようだ。大声を出しながらも、心では戦闘態勢を整えている。ただ慌てているのはボルサリーノだけだ。
 大使館の中を入っていく。
 中庭に、見慣れない物体が直立していた。
ーー柱?
 いや、違う。
ーーあれは……、郵便ポスト?
ーーあんなの、無かったよな……。
 タンザが進み、後から二人がついていく。
 カラーン。
 カラーン。
 遠くから、鈴の音が聞こえる。
 まだ朝の九時だというのに、徐々に辺りが暗くなる。
 パカラッ、パカラッ。
 パカラッ、パカラッ。
 パカ、パカ。
 ツゥ。
 ありえない光景。
 タンザたち三人の前に、一台の馬車が止まった。馬が四頭で、キャリッジと呼ばれる豪華な四輪車を引いている。
 運転しているのは、深紅色と金色の郵便局員の格好をした御者だ。ワシ鼻が目立つ。馬車の後方には、同じ格好をした男が立っている。腰には、ブランダバスと拳銃をぶら下げている。監視役のようだ。
ーーおかしい。
 中庭には、このように大型の馬車が入って来られるはずがない。
ーーなんだ、こいつらは。
 三人は身構えた。
 四輪車の扉が開く。
 ぬう。
 タンザに近い大きさの大男が、四輪車を軋ませながら、中庭へと降り立った。ムチムチの体。ピンクのレオタード。尖ったサングラス。赤ちゃんのする頬被りとおしゃぶり。明らかに異常者だ。
 その後から、一人の小娘が降りる。真っ黒い中世の令嬢のような格好。フリルだらけの衣装。ゴシック・ロリータ。略称ゴスロリ。三人は、その女の顔を見て、驚愕した。
「エスゼロ!?
「お嬢ちゃん?」ビンゴとボルサリーノは、目を疑った。
「何やってんだ、テメェは」ビンゴは、無防備に近づいていこうとした。
「待て」タンザは、ケガをしていない左腕で、ビンゴの動きを止めた。
「なんでぇ、ブラザー」
「気をつけろ。あいつは、エスゼロじゃねぇ」タンザは、吊っていた右腕をはずし、戦闘態勢をとった。
 黒髪。低い身長。小さな頭。
「どう考えてもエスゼロじゃねぇか」ビンゴは戯けてみせた。
「目を見ろ」
 言われてビンゴは、小娘の目を見た。確かに、黒目が黄金色に輝いている。だが、カラーコンタクトをつければ、このくらいの変装はできる。
「なーに言ってやがんだ、ブラ」言いかけて、ビンゴは止めた。
 少女の笑顔の中に、殺気を感じる。サオリとは違う、躊躇を欠片たりとも持っていない。純粋な殺気だ。
「トマス。どこにいんの?」娘は、ビンゴに尋ねた。
「あーん。ドクロのことかぁ? アレはなぁ、」ビンゴの言葉を止め、タンザが会話をする。
「ドクロは、俺が持っている」
「じゃ、ちょーだい♡」サオリに似た小娘は、両手を出して、可愛いポーズをとった。
「取れるもんなら、取ってみろ」タンザはニヤリと笑った。
 少女は嬉しそうな顔をした。
「ゼベダイの子のヤコブ!」娘が命令すると同時に、レオタードを着た大男が、タンザに向かう。
 その大ヤコブの顔に、ビンゴの平手が襲いかかった。
 ビシャリッ!!
 普通の人間なら首が折れている一撃。
 だが、大ヤコブはよろめいただけだ。
 すぐにまた、タンザに向かって進む。
 その腕を、ビンゴが掴んだ。
「おい。順番が違うだろ」
 大ヤコブは、娘を見た。
 娘は、フッと笑って命令した。
「いいわ。大きなフライドポテトから順番に揚げてこっ♪」言われて初めて、大ヤコブはビンゴを見る。
ーーそう来なくちゃな。
 ビンゴも、すでに、吊っていた左手をほどいている。
 二人はガップリ、四つ組になってぶつかりあった。
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