第209話 666(2) 666

文字数 1,250文字

 そうと分かれば潔い。それがタンザという男だ。
ーー俺の判定負けだな。
 タンザはしゃがんで、サオリと目を合わせた。
 サオリはじっと見つめ返す。
ーーふっ。
「エスゼロ。わりぃ。お前の勝ちだ」タンザは改めて、先ほどとは違う意味で、手を伸ばした。
ーーわかてくれた!
 サオリは急いで涙を拭き、笑顔で握手を返す。こういうところがまだ子供だ。
「試合が終わって握手を交わす。感動! 感動です!!」会場では、クリケットが興奮し、まだ二人の行動をアナウンスし続ける。審判も客も、まだ、タンザが勝ったと思っている。
ーーさて、と。
 タンザは立ち上がり、クリケットの方へと歩いていこうとした。審判の判定を覆してもらい、自分の負けを認めるためだ。
「待って」
 タンザの手をアイゼンが引く。
ーーん?
「私たちも、あなたも、分かっている。エスゼロが勝ったってことを。だったら判定はこれでいいわ。ただ、ドクロを真言立川流に返してくれさえすれば」
「そんなわけにはいかねーだろ」タンザはめんどくさそうな顔をした。負けは負けと認めたい性格なのだ。
「でも、あれ見て」
 アイゼンは、スクリーンを見るように促した。世界各国から見ている客たちの、両者の健闘を称賛する歓声と拍手の数々だ。
「今更判定を覆すのはなんか……面倒じゃない?」
 アイゼンは言葉を悩んだ末、一番雑な言葉を選んだ。
ーーまぁ……。
 今頃、各国の会場では換金作業がおこなわれているのだろう。もう交換した人たちの返金も大変だし、判定を覆すことも大変だ。客も今の気持ちを作り直す必要があるし、今後のワイアヌエヌエ判定に疑問を抱かせることにもなる。確かに面倒だ。
ーーけど、それじゃエスゼロの気持ちが収まらねぇだろ。
 タンザは、困った顔をしてサオリを見た。
 サオリは大きくうなづいた。タンザが分かってくれたのなら異存はない。リアルカディアにも戻れる。Death13も真言立川流に返せる。その上、よくやったぞと客も褒めてくれている。これ以上の結果はない。拗らせても仕方がない。
「いいのか?」
 サオリは終わったことを考えない。すでに今日の予定を考えていた。
ーーうち帰ったらシャワー浴びて寝よ。夏休みだけど、昼から音楽部の合同練習あるし。
 学生と錬金術師の両立は、なかなか忙しい。
「学校あるから、早く帰りたい」
 サオリは無表情のままタンザにウインクをし、小さな親指を突き出した。
ーーこいつは。
 タンザはサオリに、粋を感じた。好みのタイプは、抜群のプロポーションを持つ金髪白人スレンダー長身美女だが、サオリのことだけは可愛いと思ってしまった。
 人間は一定の年齢に達すると、異性に対して、恋心ではなく、子供に抱くような愛情を感じやすくなる。これはタンザにとって、初めての親心の目覚めだった。
 だが、タンザは初めてなので、この気持ちが、恋心と同じモノだと間違えて捉えていた。自分がどのような気持ちになっているのか、自分自身でもうまく理解することができなかった。
 ただ、ひたすら、サオリのことが好きになっていた。
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