第90話 2回戦(4) Second Round

文字数 1,674文字

 サオリは、アトラクションのルートを逆走し、乗壺口を過ぎ、さらに奥へと向かった。
 すると、降壺口から甲高い笑い声が聞こえてきた。まだ、姿は見えない。
「オーポポポポポポ。クマのプーさんて、こーんなお話だったんですねー。なかなかにハニー、いや、ファニーでーすねー。特に、あの悪夢に出てきそうなエキセントリックゾウさん。オーポポポポポポ」
ーー隠れよ。
 乗壺口と降壺口の間は、流れるハニーポット以外は何もない1本道の通路だ。だが、アトラクションではないので暗い。サオリは小さく丸まり、息を潜め、素早く暗闇に同化した。
「撤退」ピョレットが敬礼する。
 黄金薔薇十字団を乗せたハニーポットが流れてくる。フォーとシザーはご機嫌だ。
だが、オポポニーチェは、ひとしきり笑い終わった後、サオリが隠れている暗闇を睨んだ。
 ギョロギョロ。
 よく動く目が、真剣になり、そして静止する。
ーーヤバとん! めー、合った!
 サオリは、完全にオポポニーチェに見られたと思った。だが、オポポニーチェは気にしていない。何ごともなかったかのように、フォーとシザーに話しかけた。
「これ、とても面白い。もう一度乗りましょう。オーポポポポポポ」
 ベルトコンベアーのように流れていくハニーポットに乗ったまま、黄金薔薇十字団は甲高い笑い声を残し、2周目の蜂蜜を探す旅へと出かけてしまう。
「沙織、あれ、面白そムギュ」
 サオリは、クマオが喋るのを押しつぶした。クマオがもぞもぞとする。
「動いちゃダメて、沙織が言ってる!」ピョレットがクマオの頭を押さえつける。
「な、なんでや?」
「アタピも乗りたい。けど、乗て追うと、ローズ団にばれちゃう」
「せやけど、面白そうやで」
「うん……」
 確かに楽しそうだ。だが、乗って追いかけるのは自殺行為という気もする。サオリの目的はあくまで、黄金薔薇十字団の鈴を全部奪うことだ。見つかると目的が達成できない。 
 サオリは、楽しさと戦いの厳しさを天秤にかけた後、まるで自分の本心に話すように、クマオに向かって話しかけた。
「戦い終わったら、また、ディズニー来よ」
 クマオは少し考えた後、嬉しそうな顔をし、小さなピンク色の前足を差し出した。
「手打ちやな」
 サオリはクマオの手をぎゅっと握り、すぐに黄金薔薇十字団の乗ったポットの行き先に目をやった。

 得意な仙術、真夜中の黒猫歩法を使用し、サオリは10メートル以上離れた場所から、黄金薔薇十字団の乗るハニーポットを追いかけた。
 ハニーポットは4番目のエリア、100エーカーの森に入っていく。プーさんが住んでいる森をイメージして作られており、賑やかで楽しい気分になる。
 ハニーポットはゆっくりと動く。追いかけるのに難しくはない。ただ、動きが急に変わるところがあるので、それだけは気をつけなくてはいけないところだ。
「プーさんいるでー。あっこにも。あっこにも」
 クマオは興奮している。小声とはいえ、話せることが嬉しくて仕方がないようだ。
「67年、いや、76年だったかなー」100エーカーの森にいるフクロウが喋っているセリフを真似したりしている。
 サオリは注意しながら、黄金薔薇十字団の乗っているハニーポットの近くまで、そっと近づいた。できたら話が聞こえる位置までは近づきたい。アトラクションはBGMやキャラクターの声で溢れている。だが、オポポニーチェは大声だ。8メートルまで近づけば、楽しそうにフォーやシザーと話している内容が聞き取れた。
「オポポー。クマとかブタとかフクロウとか。楽しいですねー」言いながらオポポニーチェは、急に、サオリのいる場所をピンポイントで睨んできた。
「そして、仔猫ちゃんと女王陛下の犬も」
 サオリは動きが止まった。寝付きの悪い夜に突然目覚めた時のように、全身が冷や汗でびっしょりになる。オポポニーチェは目を細めた後、緊張を緩和し、ほほを緩めた。
「俺様が、蜂蜜のとり方を教えてやろう」アトラクションにいる虎のキャラクター、ティガーが話しかける。黄金薔薇十字団を乗せたハニーポットは、そのまま100エーカーの森から出ていった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み