第218話 電話(1) Telephone

文字数 1,801文字

 表彰式の間に着替えと帰り支度を済ませた真言立川流の一行は、先ほどまで享楽を楽しんでいたとは思えないほど済ました顔で、VIPルームAから出ていった。このまま歩いて、シャカシャカ・ガーデン・インという小さなホテルへと向かう。彼らの宿泊地だ。
 今回の試合で二十万ドル以上は稼げた。だが、これは、日本に帰った後、他の信者たちと儀式をするために使用する。無駄なお金はかけない。自分たちだけではない。仲間と共に楽しむ。真言立川流の流儀だ。
「いやー。面白かったね!」
「ソファーがフカフカじゃったのぉ」
「気持ちよかったー」
「もうベロベロや」
 あんなにも素晴らしい場所で、VIP扱いを受けながら、酒と快楽香と性行為と賭け事に身を委ねられる時間。こんな快楽は二度とないだろう。
 教義の一つに「一度経験した喜びが二度目も得られることはない。次も欲しいと願うことを辞めなさい。今を感謝し、今を楽しみ、今に満足しなさい」という言葉がある。ここに来ている信者たちは全員高僧なので、その教義通り、満足し切っていた。 
 日本に帰ってからは沢山働かなければならないが、それはそれですでに割り切っている。信者同士で働く分には、日常の中でも楽しみを見出せる。人との交わりがいちばん尊い。このことをよく知っている。
 みんなで開放的になり、感想を言い合いながら歩いていると、宗主レンネンの電話が鳴った。
ーー誰だ?
 スマートフォンの画面を見る。たった今、試合を終えたカンレンだ。
「カンレンからだぞ!」みんなに知らせる。
「おおーっ!!」みんなは一斉に話を止める。
 レンネンは電話をとり、スピーカーにして、全員に聞こえるように音量を上げた。
「おつかれさま!!」試合の結果はどうでもいい。真言立川流のために闘ってくれたのだ。感謝しかない。
 レンネンはまず、カンレンたち3人を労った。
「はっ。ふるった結果を得られずにすみませんでした」カンレンの声は申し訳なさそうだ。
「そんなことないよー」
「立派に闘ったぞー」カンレンの声を聞いただけで嬉しい。モクレンを含めた信者たちは、三人に聞こえるように、大声で選手たちを褒め称えた。
「三人とも、怪我は大丈夫か?」
「はい。骨折などはございますが、命に別条はございません」
「おお。それはよかった」レンネンを始め、信者たちは心から安堵した。
「それでレンネン様」カンレンの声が、先ほどの反省のテンションとは違う。やや上ずっている。
「なんじゃ?」レンネンは、スマートフォンに顔を押し当てる。
「それが……、御本尊である護良親王の髑髏のことですが……、リリウス・ヌドリーナから返していただくことができましたっ!」
「なにっ???」
「どういうこと???」
 全員が不思議がる中、余裕綽々なモクレンが声を上げた。
「カンレン! お主、ラーガ・ラージャと、何か取引をしておったろう?」
「やはり! モクレン様はお見通しでしたか」
「分からいでか!!
ーー???
 他の信者同様、レンネンは何も分からない。そっとモクレンに電話を渡す。
 モクレンは当然のように受け取り、そのまま話を続けた。
「例え、早々の敗退が決定したとはいえ、お主らが途中から、あんなにも易々と勝負を捨てることはない。そう、睨んでおったのじゃ」
「さすが! ……お察しの通りです。拙僧らの得点をKOKに渡す代わりに、髑髏本尊を基本的に持ち続けていいという契約を結びました」
「基本的に?」レンネンは尋ねた。
「ええ。貸し出しという形になってはおりますが、年に二週間だけKOKにお返しし、それ以外は持っていて良いそうです。しかも返す時期は、一ヶ月前に連絡してくださるそうです」
「KOKになのか? リリウスにではなく?」
「ええ。タンザさんから、そのような交換条件をだされました」
 信者たちは首を捻る。だがレンネンは、「まぁいいや」という顔で話を続ける。リーダーシップが凄い。
「それなら、三週間おこなう儀式中でも間に合うな」レンネンはうなづき、少し考えた。
「その約束は、口約束のみか?」
「はい。試合中のことでしたので」カンレンが答える。
 レンネンの言葉に、センジュマルは感心した。
ーーおお。確かに。いくら約束とはいえ、口約束のみなら反故にすることができる。髑髏本尊を借りるのではなく、自分たちの掌中にすることができる。さすがはレンネン様。
 が、レンネンの言葉は、センジュマルの気持ちとは違った。
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