第107話 挑戦状 Challenge

文字数 2,796文字

 ドラキュラの格好をしたオポポニーチェは、二、三歩奥へと歩いた後、カメラに向かって振り返り、大きくマントをひるがえして演説を開始した。
「オーッポッポッポ。私の名前は、オポポニーチェ・フラテルニタティス。皆様もご存知の通り、世界的に有名な錬金術師でございます」
「おーっ!」
「やはり……」
「いや、騙りかもしれんぞ」
 本人の口から直接、本物の『薔薇堕ち』だと聞かされたのだ。観客は口々に騒ぎ立てた。20年前に起きた穢れた薔薇事件の時、オポポニーチェはすでに30歳を超えていた。だが、今の外見も30歳程度に見える。また、闇に葬り去られた事件の真相も聞きたい。
 だが、客の興味に関してなど一切取り合わず、オポポニーチェは話を続けた。確かにこういうところは、噂通りの性格だ。
「今までは他の方のステージでしたので、他の方に合わせてやっておりました。ですが、これからは私の世界……」
 マントをひるがえす。
「この世界は、窮屈だ!」
 一言ごとにマントを振る。
「窮屈の、先に、快楽など、ない!」
 マントをひるがえす度に、客の歓声は激しくなる。
 オポポニーチェは低く、静かな声で、ゆっくりと話をしめる。
「私のステージでは、私の自由にやらせていただく!」
 もう、本人かどうかなどどうでもいい。このイカれた紳士は夢を見させてくれる。ワイアヌエヌエ・カジノ内は拍手喝采だ。
「という訳で、今回は皆様方に、特別、アーティスティックな試合形式をご用意させていただきました。委員会ともお話して、その方が賭けも盛り上がるだろうとのことで、了承をいただいております。後は、私の遊び相手の方々の遊びゴコロ次第。ただ、それだけです」
「どのような試合形式なのでしょう?」インタビュアーがたずねる。
「オポポポポー。なーに。簡単なことです。私が本日のゴーストホストとなって、遊び相手をホーンデットマンションのお客様としてお招きさせていただく。参加者は、その通りに見学をしていただく。ただそれだけです」
 先に罠を仕掛けられていたら、黄金薔薇十字団にとって有利過ぎる。こんなルールは認められない。これは遊びであると同時に、賭け事でもあるのだ。他のチームに大金を賭けている客たちから、不満の声が上がった。
「それは、他のチームの行動を制限させるということですか? それはGRCにとってあまりにも有利過ぎるのでは?」インタビュアーも当然の質問だ。
 オポポニーチェは腰を横に90度曲げて、下からカメラを覗き込んだ。
「本当に、そう、お思いですか?」ゆっくり言った後、オポポニーチェは部屋をうろつき始めた。
「モチロン、他のチームにも利がございます」
 少し歩いては少し話す。
「まず、私がご案内するのは、たったの1周だけ」
「1周だけ?」一言ごとに客がどよめく。
「そう。1周の間だけは、みなさんに、私のプロデュースするアトラクションを楽しんでいただきたいと思っております。ですが」
「ですが?」話し方が上手い。客は引きずり込まれる。 
「その後は、みなさま方で、ご自由に鈴の奪い合いをしていただいて結構。そして」
「そして?」
「1周が終わった時点で、私たちの残っている尻尾は、3回戦で1位になったチームに全てお渡ししましょう」
「おーっ」つまり、1周で決着しなければ、黄金薔薇十字団はリタイアするということだ。これはかなりの不利になる。
「1周って、何分くらいだ?」
「パンフレットには約14分と書いてあるぞ」
「それだけの時間で、全チームを倒そうってのか」客は思い思いに感想を口にする。
「ただし!」
 オポポニーチェの声で、再び客は静かになる。ワクワクが押し込められて濃縮されていく。オポポニーチェは不気味に笑った。
「これだけでは、他のチームの利は、そう多くはございません。この部分で、私は、審判の方にご相談させていただきました。そう。みなさんには、ボーナスをおつけいたしましょう! 1周の間に、あなた方のチームのうち、誰か1人でも1000体目以降のゴーストにならなければ、そのチームにはプラスして20点を差し上げる。そういう特別ルールでございます」
「えーっ!」
「なんだそりゃー!!
「GRCに厳しすぎねーかー?」言いながらも、客は刺激に飢えているのだ。期待感はますます高まる。
「つまり、1周だけ鈴を取られなければ、そのチームには20点が入る。その中で1位になったら、更に黄金薔薇十字団の尻尾3本分、15点も手に入る、という訳ですか?」インタビュアーが、わざとらしい驚き顔をする。
「はい。そういう訳でございます」オポポニーチェはうやうやしくお辞儀をした。
「おいおい。リスク取りすぎてねーか?」
「せっかく優勝圏内にいるのに。ここで変な負け方したら、優勝できねーぞ?」
「でも、絶対の自信があんのかもな」
「さすがオポポニーチェだぜ」客はまた、口々に感想を言い始めた。自分の考えを他人に言いたくてたまらないのだ。
 インタビューは続く。
「確かに、オポポニーチェさんのおっしゃられることは、他のチームにとっても良い内容に感じます。けれども、プロデュース。これが怪しいんですよねー。絶対に避けられない強烈な罠を仕掛けることもできるのではないですか? それなら逆に、他のチームに厳しいルールですよね?」少し棒読み。おそらく、台本があるのだろう。
 オポポニーチェは、自分の丸まった鼻ヒゲを引っ張った。今までは生えてなかったので地毛ではない。おもちゃのようだ。手品おじさん、とサオリに言われていただけのことはある。
 パチン。
 手を離すと、ヒゲはすぐに丸まった。
「オポポー。それはございません。試合開始前に私たちがホーンデットマンション内に入る事はありません。今までのネズミチーム通り、他の方より5分早く入場する。それだけです。ただ本当に、心から楽しんでいただきたいのですよ。私の遊び相手と、カジノにいらっしゃるお客のみなみなさまに、ね」
 カジノ内の客は、ほとんどがこの世界の欲望に飽きている者たちだ。歓声が爆発し、ほとんど映像の音が聞こえない。
「それでは、黄金薔薇十字団には何の得もありませんよね?」
「いえいえ。私はただ、この世界を美しく作りたいのですよ。そして、皆様の喜ぶ顔が見られる事が、このオポポニーチェ・フラテルニタティス、一番の望みでございます」
 観客のシュプレヒコールが鳴り止まない。
 オポポニーチェがカメラに近寄る。
「面白いステージをご用意いたします。それが本物の、エレガント・エンターテイナーという者でございます。オーポポポポー」
 一通り話し終えたオポポニーチェは、部屋の出口に向かって歩いていった。
「のるかそるかは他のチーム次第! 舞台はより激しさを増して、みなさまをお待ちしております!!」インタビュアーが締める。
 オポポニーチェが扉の前でうやうやしくお辞儀をし、映像は終わった。
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