第58話 試合予想(1) Prediction

文字数 2,046文字

 日本時間の23時から23時50分まで、各チームはアトラクションの視察をしている。
 一方、ハワイ時間、午前4時、ワイアヌエヌエ・カジノでは、巨大スクリーンにたくさんの映像が流されていた。音声を切った12人のメンバーの現状映像。各組織の紹介VTR。各チームのメンバーの煽りVTR。東京ディズニーランドや、協賛ブースの紹介VTRもある。
 会員制の高級カジノだけあって、こぎれいな服装の客しかいない。だが、やはり賭け事をおこなう場所には、ガラの悪そうな予想屋が何人もいる。彼らの周りには人だかりができていた。
 ヒナはハワイ神話の伝統衣装に身を包み、カジノ2階にある月の間の、大仰に飾られた玉座に腰をおろしている。けれども、中身はただの女子大生だ。予想屋たちの騒がしい声に気持ちを動かされる。月の間からおりて、お酒を飲みながら一緒に騒ぎたい。
 だが、今は仕事中だ。左右には、槍を手にもち、鎧をまとった護衛がいる。自由にさせてはくれない。彼らはヒナではなく、伝統を守っている。
 ヒナは月の女神として、月の間から下界の者に手を振り、幸運を分け与えるという仕事をしなければならない。顔を崩さず、先生に習った適度な微笑みと、適度な手の上げ方。
 ヒナが微笑むたびに、階下を歩く客が喜ぶ。大きく手を振ったり、投げキッスを返してきたりする。1人で歩く客は小さなリアクションだが、2人以上で歩く客は大きなリアクションだ。昔は不思議に思っていたが、今ではいつもの光景すぎてなんとも思わない。
ーーみんな、私のことを見て、神々しいという顔をして仰ぎ見てるけど、私はただの女子大生だよ? もっとスタントマンテキーラとかして楽しみたいよ。
 ヒナはあくびをこらえながら、再び小さく手を挙げた。

 23時50分。全ての選手が戻ってきた。
 1回戦の試合場をすでに報告し終えた真言立川流。不思議な黄金薔薇十字団。Club33で食事をしていただけのリリウス・ヌドリーナも気になる。だがそれよりも、ヒナは、ミッキーマウスの耳をつけているサオリのことが気になって仕方がない。着色料のたっぷりとついた青いポップコーンを両手で抱えている。自慢げだ。
「なんじゃあれは。あれを見よ。可愛いではないか」
 ヒナは、いつもの落ち着いたようにみえる態度を忘れ、左右の護衛官に興奮した口調で話しかけていた。

 スクリーンの映像が、クリケットのアップに変わる。
「それではただいまより、1回戦の試合場を発表いたします!」
 いよいよだ。客は全員話をやめ、それぞれがスクリーンを凝視する。
「ネズミチーム、真言立川流が選択した1回戦の試合場は……」
 クリケットは持っていた紙片を開き、驚いた顔をして、書いてある文字を見せた。
「アリスのティーカップ! アリスのティーカップとなります!!
 会場はどよめいた。
「ティーカップ?」
「ティーカップだって?」
「そんなバカな!」
「だって、隠れる場所なんてないぜ?」
 客は思い思いに感想を口にする。大半は驚きの声だ。
 クリケットは、自分がアトラクションを決めたかのように、威張った顔をして説明を続ける。
「第1試合、ネズミチーム、真言立川流は、まさかのアリスのティーパーティを選んできました! このアトラクションは、ルイスキャロルが書いた『アリスの不思議な国』という小説に出てきた、誕生日じゃない日を祝うお茶会という場面から作られたアトラクションです! さて、今日は誰を祝福するティーパーティーとなるのでしょうか? まずは、このアトラクションの構造についてご紹介いたしましょう」
 クリケットの言葉で、スクリーンにはアリスのティーパーティが映し出される。簡単にいうと、回るティーカップに乗るアトラクションだ。
 クリケットは説明を始める。
「このアトラクションは、直径約30メートルの円形ステージです。サーカスのテントのように緩やかに尖った屋根が、円周に沿って並べられたいくつかの柱によって支えられています。屋根の下には、4人まで乗れる赤青黄色のパステルカラーに彩られたティーカップが20客。中央には、3メートル大の細長い紫色のティーポットが立っております!」
 スクリーン映像に合わせ、クリケットは手振りを激しくしながら説明を続けた。
「幻想的でメルヘンな音楽が流れると、照明が鮮やかにアトラクションを照らし、ティーカップが無作為に動き始めます。ティーカップの真ん中にあるハンドルを回すと、ティーカップは速く回転します。最大1分間に40回転。どんなに速く回してもティーカップ同士がぶつかることはありません。また、ティーカップが動くと同時に地面も動きますが、柵で囲まれた円周1メートル内は動きません。コーヒーカップは約100秒間回転した後で停止し、また1分後に回転を開始するというサークルで、試合中は動きます」
 画面では、ありとあらゆる角度からアリスのティーパーティが映し出されている。客は忙しなく自分の予想に賭け、その期待を競技者の双肩にかけた。
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