第4話 円卓(3) Round Table

文字数 2,538文字

「今回の危機は、今までにない事態になっている。どのような理由なのかはわからないが、大きな黒幕のようなエニグマが、女王陛下のお友達をも飲み込んでしまったようなのだ。我々もお友達を助けようとしたが、エニグマの周りは完全な暗闇に包まれている。近づくことさえ容易にはできない。暗闇に強い猫を派遣しても情報は得られず、偵察にいったKOQも一人として帰ってこない。そして先日、ついに、我らが騎士団長までもが闇に消えて帰ってこなくなってしまったのだ。このエニグマ。円卓では、暗黒と暗闇のオーバーロード。そう呼んでいる」
 円卓は静まり返っている。シュガーマンは一拍置いた後、勢いよく椅子から立ち上がった。
「今回のエニグマは強い。強すぎる。アルカディアの危機をなんとかして救いたいのだが、敵に抗う方法が思い浮かばない。我々一人一人は強いと思うのだが、まとめてくれる救世主がいなければ、KOQは烏合の衆に過ぎない」
 シュガーマンは円卓の周りをさらにウロウロとした。その度に、彼の体は水のようにゆらゆらとさざめく。
「そこでダビデ王に頼み、リアリストの力をお借りしようと思ったのだ」
「そこでおいらを?」
 確かにフタバは錬金術師だ。だが、ランクはEランク。戦うとしても素人に毛が生えた程度の実力しかない。三流格闘家や街の喧嘩自慢にも勝てないレベルだ。若い時は喧嘩が男の美学として嗜むべきだと思った時期もあったが、今では意思あるものに危害を加えること自体が好きではない。
ーーダビデ家の食客の中にはとんでもなく戦闘能力の高いものがいるし、彼らに依頼した方が成功率は高まるのではないだろうか? それとも、こんなたわごとの大ごとを真面目に信用し、なおかつKORからも信頼される人物というと、オイラしかいないのかなぁ。
 そこまで考えて思考を変えた。
ーーあ、待てよ? そもそもリアリストは、いくら賢者の石を持っているからといってアルカディアに入ることができないはずだ。いや、女王陛下のお友達は、女王陛下に呼ばれて入ることができると言っていたな。ということは、何かしらの入る方法があるのか?
 フタバの心を見透かすようにシュガーマンが続けた。
「力を貸して欲しいといっても、アルカディアに来て戦ってくれと言っているわけではない。知恵を貸して欲しいのだ」
 後を追うようにダビデ王も続ける。
「そう。ワシも出来ることなら、今すぐにでも自らKOKを率いてアルカディアに飛び込み、愛すべきアルカディアの危機を救いたい。だが、このワシでさえも、もちろん夢の中の世界であるアルカディアへは入れない。入れないぶん、日夜、頭を振り絞って対応策を考えた。が、どうしても、入れないところへの対応が思い浮かばん」
 ダビデ王は、年を重ねて衰えた眼光でフタバを見た。
「……ワシはそもそも、KOR以外の人間を戦いに巻き込みたくはない。だが、今回の危機である、暗黒と暗闇のオーバーロードは危険すぎる。有史以来、一度もエニグマを解決できなかったことのない女王陛下のお友達が行方不明になってしまうなんて、ありえんことじゃ。このままではアルカディアは、なすすべなく全ての国が暗闇で閉ざされてしまう。アルカディアが暗闇に閉ざされるということは、我々リアリストの想像力が暗闇に閉ざされるということに他ならない。想像力が暗闇に閉ざされるということがどんなに恐ろしいことか。我々は大根が如く、ただ突っ立っている木偶の坊になってしまう。そんなリアルを、ワシは、このダビデ王は望んでおらん。ことここに至っては、体裁など気にせず、世界の危機をなんとしても食い止めたい」
ーー確かに、人間がただぼーっと立っているだけの世界というのは恐ろしいな。
フタバは自分でも知らないうちに、目に真剣な炎が宿り始めた。ダビデ王の眼光は弱めだが、ゆっくりと人の心に火種を生み出す効果があるようだ。
「そこで、山中やセバスチャンからの推薦もあり、傍観者、全てを知っていて何も動かない男、詩の世界を終わらせた男という異名を持つフタバ・エンドさんに知恵をお借りしたいと思い、こうして依頼をしているのです」
「なるほど。理解した」
 フタバがそっとセバスチャンを見ると、セバスチャンはフタバと目を合わせず、軽く会釈を返した。
ーーやりやがったな。
 フタバはニヤリと笑って前を向いた。
ーーそうさなぁ。引き受けようか引き受けまいか。迷うなぁ。
 ここでフタバは、ふと、自分で自分に課した使命を思い出した。
 自分の美意識に従って行動する、ということ。
ーーそうだ。自分の美意識において、新しいものに飛び込んでいくことはとても重要だ。しかも大きな事件。新しいことを知ることで、自分自身に新しい命を吹き込む。知らなかったことを知ることで、今まで知っていたものにたいしても新しい視点から見ることができる。すべてのことを知っていれば正しい選択をすることができるが、すべてのことを知らない人間は、少しでも多くの知識と経験を得るべきだ。この観点から考えると、アルカディアを知るということは、全く新しいもう一つの世界を知るということであり、今回の依頼を引き受けないということは、世界の半分しか知らないということになる。
 フタバは今年、40歳後半にさしかかろうとしている。老いたが故に、昔のあの無軌道無鉄砲で、興味のあることであれば自分の命も他人の迷惑も顧みなかった若さゆえのやりすぎを忘れようとしている。
ーーそんな自分は嫌だ。新しいことに夢中になるんだ。アルカディアを救うなんて、こんなにも興味を引く出来事なんて、今後一生現れないかもしれない。それに比べたら、ダビデ家の食客でいながら何もしないという優越感や、十代で詩人として一世風靡したこの名声に失敗したら傷がつくかもしれないという迷いはくだらないことだ。いや、くだらなくはなくとも、くだらないと思わなければならないことだ。それが遠藤双葉という、美の前にのみひざまずく男の生きかたであり、そんな自分でなければ、自分で自分の美しさを愛することができなくなる。
 考える間はわずかに二秒。フタバはその双眸に決意を表して、ダビデ王と目を合わせた。
「わかりました。お引き受けいたしましょう」
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