第93話 2回戦(7) Second Round

文字数 2,588文字

「あれがSV……」
 アイゼンの後ろについて真言立川流の救助に向かっていたギンジロウは、目の前で起きたことを自分に解説するように呟いた。
ーーなるほど。初めて本物を見たが、想像以上だ。
 スーパー・ヴェローチェの速さと重さには注意をしていた。だが、実際見ると、そこではない。一番の脅威は、どんな状況からでも発動できるところだった。筋肉の動きではなく、ファンタジーなので突然発動される。初動がつかみにくい。
 とはいえ、ギンジロウは怯まない。分析をしながらも、タンザに向けて走り出していた。
 大技を出した後は、体の体勢が崩れる。また、スーパー・ヴェローチェは連発できる可能性が低いという分析も聞いている。ファンタジーの連続酷使の疲労感は知っている。
 となると、戦いどきは今だ。
 ギンジロウは突撃した。
 前方にいるアイゼンを抜き、さらに加速する。
 交錯する瞬間、アイゼンが囁いた。
「12寂乗」
ーーコンビネーションNo.12。タンザと戦わず、まずは意識を失った寂乗の鈴を奪えということか。
 アイゼンもギンジロウの背中に隠れ、後ろからついてくる。仙術、同調する二重身だ。同じ歩数、同じ歩幅で、隠れて走るため、タンザからアイゼンの姿は確認できない。
ーー瞬時の判断において、リーダーを信じなければ作戦は失敗する。どんな作戦にせよ、失敗した時は、俺が対応すればいい。
 ギンジロウは、アイゼンの作戦に完全にのることにした。
 どちらにせよ、タンザの背後に回らなければならない。
ーー自分の鈴をとられないように奥へ抜け、タンザの尻尾を奪うと見せかけて、倒れている寂乗の鈴をとる!
 意気揚々と鈴を鳴らしながら、ギンジロウはタンザに向かっていった。
 その雰囲気を察したのだろう。カンレン、カンショウも呼応して、ビンゴを挟みこんだ。
 ビンゴとタンザとの距離は約4メートル。間にはジャクジョウがうつ伏せで倒れている。簡単には近づけない。しかし、ビンゴが近づけないということは、カンレン、カンショウもタンザには近づけないということだ。
ーー背後は心配ねぇ。坊主どもはビンゴに任せた!
 タンザは背後を捨て、迫ってくるギンジロウに集中。迎え撃つ体勢を整えた。
 ギンジロウが迫る。
 いくつかのフェイントをかけた後、タンザの左の股下へと潜る。
ーー先ほどSVをしたばかりの右足だ。すぐには動けまい。
 タンザは大きい分、足が長い。長い分、隙間も広い。その隙間から無理やり押し通ろうという選択肢だ。
 しかし、タンザは百戦錬磨だ。そううまくはいかない。足を閉じ、体ごとギンジロウを押し潰そうとする。
 絶体絶命のピンチ。
 だが、ギンジロウは急激に、左から右へと目標を変えた。
ーーなにっ?
 タンザは驚いた。勢いのついた体を急に方向転換できる方法など、あるはずがない。ただし、それは、一人であったならば、の話だ。
 ギンジロウの後方を走るアイゼンが、ギンジロウの背中を強く蹴った。その勢いを利用して、ギンジロウも向きを変え、タンザの右側へと低く沈みこんだのだった。
 タンザは急いで体の動きを変え、ギンジロウの動きに反応する。
 瞬間、チラリとタンザの視線に、頭上を跳ぶ人間が見えた。ギンジロウの背中を利用して跳んだアイゼンだ。
 左上の空いた空間に、体を丸め、砲丸のように飛ぶ。右下にしゃがんだギンジロウの対角線上。人は対角線上の攻撃についていけないものだ。
ーーどちらも通さねーよ!
 だが、遺伝子操作されているタンザの反射神経はすさまじい。
 右手でギンジロウを攻撃しながら、左手をアイゼンに向かって伸ばした。
 巨大な手。
 タンザの左手の力は、アイゼンの全力よりも強かった。だが、それは、自分の体重を使って攻撃できた場合だ。
  アイゼンは両手でタンザの手を払い、無理矢理押し通ろうとする。
ーーちぃ。
 アイゼンの体に指をかけられない。
 これ以上アイゼンに力を加えようとすれば、タンザは体重を加えるために、腰を回す必要がある。だが、腰を回せば、ギンジロウの手が届く位置まで、タンザの尻尾が近づいてしまう。
ーー背に腹はかえられねぇ。
 タンザは力を加えることを諦め、尻尾を守ることを優先した。
ーーまずは小僧を弾き飛ばす。次に女だ。
 結果アイゼンは、タンザの牙城を崩すことに成功した。背後に抜ける。
ーーブラザー!
 抜かれた瞬間をビンゴは見ていたが、カンレンとカンショウに囲まれている。助けにいけない。ボルサリーノは遠くで震えているだけだ。
ーー勝った。
 ギンジロウは、タンザに押し潰されながら、この後のことを考えた。
ーーおそらく愛染は、タンザの尻尾を奪いにいくふりをしながら、まずは寂乗の鈴をとるのだろう。
 うつ伏せになっているところが面倒だが、寝ている男の首から鈴を奪う作業は難しくない。
ーー俺はその間、タンザの注意を引きつける! 最悪なのは、自分の鈴を奪られてしまうことだ。
 右腕1本だというのに、タンザの圧力が凄い。
ーー3倍の体重差があるというのは、ここまで力の差があるのか。
 ギンジロウは全体重をかけて突進し、タンザの右手を弾こうとした。もちろん、自分の鈴を守ることを最優先としている。
 だが、タンザが右腕に力をこめると、突進していたギンジロウの体がピタリと止まった。
 払う。
 抗えない。一瞬で、2メートル後方に弾き飛ばされる。
 体全身で踏ん張ろうとしたが、まるでダンプカーにでもはねられたような衝撃だ。
ーーSVを使ってないのにこれか。
 ギンジロウは衝撃を逃すため、後方に2回転して立ち上がった。脳震盪だろうか。少しふらつく。
 だが、これで、アイゼンと共に、タンザを挟み込むことに成功した。
 黄金薔薇十字団が参戦してくる可能性は不安材料だが、先ほど2回目のハチミツ探しの旅に出かけたことは確認している。1周して戻ってくるまで、まだ1分はあるだろう。アナウンスが流れていないので、サオリもやられていない。いざという時には知らせてくれる。
ーーその間に立川流と協力し、ヌドランゲタをぶっ潰す。それで1回戦の借りは帳消しだ。
 その時、ギンジロウの横を、風がすり抜けた。
 全く気配を感じない。
 すっかり忘れていた存在が、タンザの足元を、フルスピードで背後に駆け抜ける。
 それは、ヒラヒラとした男の姿。
 オブジェに隠れて震えていた、痩せっぽちのボルサリーノだった。
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