第71話 VIPルームA VIP Room A

文字数 2,753文字

「……0点」レンネンがつぶやく。
「そんなこともありますか、ね」センジュマルが合いの手を入れる。
「いーや。ないじゃろ」モクレンがコニャックを一息で飲み干した。
 ワイアヌエヌエ・カジノの3階には、10に満たないVIPルームがある。全ての部屋の入口は分けられており、車での出入りも可能だ。誰が入っているのかを知っている者は、カジノを管理する一部の人間しかいない。
 このVIPルームを使用できる組織は、ザ・ゲームの関連組織か、上位イルミナティ、上流貴族のみとなっている。空き室がある場合は、フリーメイソン リー内の抽選により大金を払って借りられる場合もある。
 ここを使用できたというだけで社交場では話に一花咲く、それくらい格式高い、名誉ある部屋だ。
 VIPルーム内は、ボディガードや世話役の待機場所となる前室と、奥にある豪華な応接間に分けられている。両方の部屋には、冷蔵庫とソファーと壁一面のスクリーン、それぞれにトイレと浴室と仮眠室がついている。壁についた受話器をあげれば、いつでも食事の取り寄せや車の用意などができるようにもなっている。
 応接間には、前室よりも三段階は豪華な家具が置かれており、頼めばラウンジボーイやラウンジガールがつきっきりで給仕をするというオプションもつく。壁の一つは完全防弾のマジックミラーとなっており、見下ろす感じでワイアヌエヌエ・カジノ全体が一望できる。
 こちらの前室には10名近い坊主がいる。応接間には2名の坊主と2名の男、裸に近い4名の女と、3名のラウンジガール。VIPルームAに入っているのは、1試合目で惨敗を喫した真言立川流の面々だった。

「私が出た方がよろしかったですかねぇ」ごつい筋肉の持ち主、武芸総師範のセンジュマルがつぶやく。長い髪を後ろに束ね、タンクトップに白袴、冷房対策にアロハシャツを羽織っている。
「確かに、千手丸と卍丸と見蓮、お前らで出場すれば、この試合も勝てた。だが、これは次期宗主候補たる観蓮の試練だ。お前らが出場しても仕方がない」60歳を過ぎてもまだ丸々と脂ぎった顔と腹。思春期の青年のように女を抱いている、業突く張りな、いやらしい表情。法衣は脱ぎ捨ててあり、すっかり裸。醜い、脂肪だらけの体を曝け出している。だが、なぜか憎めない。真言立川流宗主、レンネンだ。うしろには護衛役として、少年マンジマルが付き従っている。
「しかしまさか、立川三羽烏が何もできずに揃って負ける試合を見ることになるとは。思いもせんかったな」ソファーに埋もれた70歳の老人も、全く欲望が干からびていない。両手で女を揉みしだいている。コニャックを口移しで飲まされているが、これはこの男の日常だ。陰陽師のモクレン。組織の相談役である。
「いくら慌てていたとはいえ、観蓮があんな油断をするものなのかな?」レンネンが、月の間にいるヒナを見ながら腰を振る。マジックミラーなので、あちらからは見えていない。
「練習で優れているものが、本番では負ける。よくある光景です。実戦は初めてだったので、その違いが分かっていなかったのでしょう。ただ、観蓮は賢い男です。さすがにこれ以上の失敗はないと思います」センジュマルが説明する。
 立川三羽烏を含め、武術は基本的にセンジュマルが総括して教えている。カンショウやジャクジョウより強い弟子はまだ何人もいた。だが今回、あえてカンレンに付随させる者としてこの2人を推薦した理由は、ただ強いからだけではない。めまぐるしい戦況の変化にたいしても、対応ができそうだったからだ。
ーーとはいえ、ここまでの惨敗を喫することになろうとは。
 さすがのセンジュマルも、この展開はまったく想定していなかった。今すぐ3人に会えるのなら、戦いにたいしての助言をしたい。だが、試合中の助言は一切禁止となっている。
ーーしかし観蓮なら、次戦に向けて修正できる。やつは天才だ。
 カンレンの実力に不信感を抱くことはない。だが、センジュマルには懸念があった。
ーーが、ここまで酷い結果では、さすがのレンネン様もお怒りになられるのでは……。
 センジュマルは、怯えた目つきでレンネンとモクネンを見た。

 教団内で生まれた肉体的に優れている子供は、早くから格闘技を習いに外に出されことが多い。センジュマルも25歳まで、いくつかの道場や軍隊に修行に出ていた。
 そして学んだことがある。どの組織にいても、必ず失敗にたいして責任を押し付け合う。それが世の常だということだ。
 センジュマルは、自分が責められる立場になることが嫌だったので、精一杯がんばってきた。だが、今回のザ・ゲームは、選出後は何もできない。自分の努力ではどうすることもできない。ただ、失敗したら、その責任は誰に問われることになるのだろう。おそらく自分だ。
 だが、センジュマルの心配は杞憂だった。
 レンネンは、そのような度量の狭い男ではない。教団内の誰かが犯した失敗は、全て自分の責任だと思っている。誰をも責めることではないし、責められるようなことでもない。そういう考えの男だった。
 人間がなぜ怒るのか。求めている成果が得られないから怒るのだ。その点、食欲、睡眠欲、そして性欲の全てを常に満たしているレンネンは、万年、賢者タイムとなっている。いつも賢者タイムということは、つまりは、賢者に他ならない。
 先だって大麻の取引に失敗したテツコもそうだ。彼女の油断から失敗したにも関わらず、状況説明を嘘偽りなく話したので、ひとつも咎められることはなかった。
 レンネンは欲望の奴隷ではない。欲望の王様だ。人間の小ささも自分の小ささもよく知っている。全てを許せる、度量の大きな男なのだ。
 そして、モクレンも享楽的な男だ。誰のせいだろうがしったことではない。もう賽の目は振られている。どの目に止まるか、ただ楽しむだけだ。一喜一憂。それが人生の醍醐味だ。そして、傍らには酒と女。これ以上の贅沢な人生は他にないと考えている。誰に対してでも寛大になるのは当然のことだ。
「ふふ。観蓮たち、がんばっているな。次は良い結果が出るだろう」
「あの大人しかった寂静も、犯罪者だった観照も、なかなか立派な大人に育ったではないか」
「2人の怪我が大したことがなければいいが、な」
 女を抱き、酒を飲み、2人は楽しそうに話をしている。
ーー悟りを開くとはこういうことなのかな? まったく、この2人には敵わない。
 センジュマルは甘い物好きだ。マラサダを口に放り込んだ。マラサダとは、ポルトガル語でブサイクという意味らしい。
ーー何個食べてもうまい。
 ただの砂糖をまぶした揚げパン。だが、単純がゆえに素晴らしい。
 センジュマルはレンネンとモクネンを見ながら、糖分が体に染み込むように尊敬の念を深めていった。
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