第104話 2回戦(18) Second Round
文字数 1,867文字
アイゼンは、ビンゴによって抑えられている。
タンザは、沙織を片手で持ち上げたまま話しかけた。
「今の話を聞いていたのか?」
クシャクシャの顔をしながらも目は離さない。サオリはコクリとうなづいた。
「もしかして、カトゥーはお前の父親か?」
無言。だが、サオリの両目からは涙が溢れ出す。
「そうか……。オレは、お前の父親から教えてもらった。大事なものを守る心と、守るためには力をつけなければならないということを。感謝している」
アイゼンが叫んでいるが気にしない。試合終了までは時間がない。その前に、どうしてもサオリに伝えたいことがある。
ーービンゴは信用できる男だ。ラーガ・ラージャを通さないだろう。
タンザは話を続けた。
「だが、すまない。その心と力をもって、お前に悲しい思いをさせなくてはならない。リリウス・ヌドリーナは、オレにとって、もっとも大切なファミリーなのだ」
ーーうん。
サオリは、わからないくらい微かにうなづいた。抵抗をしない。
タンザは優しく、大事なものを扱うように、サオリの首についた鈴に手を伸ばした。丁重に丁重に、まるで綺麗な花を摘むように鈴をとる。
「59分51秒。ネコチーム。ダビデ王の騎士団。エスゼロ。アウトだよ」
「わりぃな」
サオリはタンザの目を見つめたまま、涙を流して動かなかった。無言だが、気持ちは通じている。
タンザは、優しくサオリをおろした。
ーーしかし、凄ぇ女だな。
タンザは、手にまだ残るぬくもりと共に思い返した。
ーー偶然、自分の尻に手が伸ばさなかったら、オレの尻尾は、間違いなくエスゼロにとられていた。
そして、サオリが動揺さえしていなかったら、もし捕まえたとしても、もう片方の手で尻尾はとられていただろう。
ーーただ、その時は、オレも、エスゼロの細腕を砕き潰していただろうけどな。
タンザは、運命とは不思議なものだと思った。
ーー恩人の娘と誇りをかけて闘っている、とは。
ビンゴがタンザの肩を叩く。顔をあげると、ビンゴが右肘を触りながら、何でも分かっている、という感じの腹ただしい顔をしていた。
タンザは、自分が優しい顔になっていることが恥ずかしくなり、慌てて眉間に皺をよせるように意識した。
第2試合終了のアナウンスには気づかなかったが、試合は終了している。
アイゼンは、直立不動のサオリをそっと抱きしめ、出口まで一緒に歩いていった。
ーーもう少し話したかったな。
タンザは、その様子をぼんやりと眺めていた。
ビンゴがタンザの肩を叩く。行くぞ、という合図だ。
ーーわかってる。
タンザはうなづいた。
ーー無駄な感情は勝利を遠ざける。次の試合に集中しなきゃな。
タンザとビンゴは、共にアトラクションの外へ出た。ピンクのドレスを着たディズニープリンセスが迎えに来ている。
アイゼンとサオリがアトラクションから出ると、先にリタイアしたギンジロウが、黄色いドレスのディズニープリンセスと共に迎えにきていた。
「大丈夫だったか?」
ギンジロウは、中で起きた出来事を把握していない。ただ、アナウンスだけは聞こえた。サオリが鈴を奪られたことだけは知っている。
怪我はしていなさそう。
ただ、泣いている。
心配で仕方がない。
「沙織さん。どこか怪我したの?」
サオリは俯いたまま、小さく首を振った。
「どうして泣いてんだい?」
「泣いてない」サオリは食い気味に答え、気丈に振る舞った。が、声は震えている。
アイゼンも本当は、「あと10秒がんばれば鈴を守れたのに、どうしてあんなに無抵抗に鈴をとられたの?」と聞きたかった。だが、聞ける雰囲気ではない。
それに、怪我をしなかったことは不幸中の幸いだ。責めても仕方がない。サオリのメンタルケアをした方が、3回戦以降の勝率は上がる。
アイゼンは、サオリを慰めることだけに全力を注ぐことにした。
「沙織、惜しかったね。怪我はなかった?」
サオリはうなづいた。
「よく、タンザに捕まって怪我しなかったね」
「優しかった」サオリはポツリと呟いた。
ーー優しかった? 何を言っているんだろう。もしかして無抵抗だったのは、童話『北風と太陽』のように優しくされたから?
サオリの言っている意味はよく分からない。だが、もう過ぎたことだ。アイゼンはサオリの肩を抱きながら、頭を優しくなでた。ミルクの匂いがする。
「2回戦の結果と3回戦の試合場は、みんなが控室に戻ったら発表されるよー」
現在、午前3時10分。次の試合開始は午前4時6分だ。もう1時間もない。
プーさんの最終アナウンスと共に、各チームは控室へと戻っていった。
タンザは、沙織を片手で持ち上げたまま話しかけた。
「今の話を聞いていたのか?」
クシャクシャの顔をしながらも目は離さない。サオリはコクリとうなづいた。
「もしかして、カトゥーはお前の父親か?」
無言。だが、サオリの両目からは涙が溢れ出す。
「そうか……。オレは、お前の父親から教えてもらった。大事なものを守る心と、守るためには力をつけなければならないということを。感謝している」
アイゼンが叫んでいるが気にしない。試合終了までは時間がない。その前に、どうしてもサオリに伝えたいことがある。
ーービンゴは信用できる男だ。ラーガ・ラージャを通さないだろう。
タンザは話を続けた。
「だが、すまない。その心と力をもって、お前に悲しい思いをさせなくてはならない。リリウス・ヌドリーナは、オレにとって、もっとも大切なファミリーなのだ」
ーーうん。
サオリは、わからないくらい微かにうなづいた。抵抗をしない。
タンザは優しく、大事なものを扱うように、サオリの首についた鈴に手を伸ばした。丁重に丁重に、まるで綺麗な花を摘むように鈴をとる。
「59分51秒。ネコチーム。ダビデ王の騎士団。エスゼロ。アウトだよ」
「わりぃな」
サオリはタンザの目を見つめたまま、涙を流して動かなかった。無言だが、気持ちは通じている。
タンザは、優しくサオリをおろした。
ーーしかし、凄ぇ女だな。
タンザは、手にまだ残るぬくもりと共に思い返した。
ーー偶然、自分の尻に手が伸ばさなかったら、オレの尻尾は、間違いなくエスゼロにとられていた。
そして、サオリが動揺さえしていなかったら、もし捕まえたとしても、もう片方の手で尻尾はとられていただろう。
ーーただ、その時は、オレも、エスゼロの細腕を砕き潰していただろうけどな。
タンザは、運命とは不思議なものだと思った。
ーー恩人の娘と誇りをかけて闘っている、とは。
ビンゴがタンザの肩を叩く。顔をあげると、ビンゴが右肘を触りながら、何でも分かっている、という感じの腹ただしい顔をしていた。
タンザは、自分が優しい顔になっていることが恥ずかしくなり、慌てて眉間に皺をよせるように意識した。
第2試合終了のアナウンスには気づかなかったが、試合は終了している。
アイゼンは、直立不動のサオリをそっと抱きしめ、出口まで一緒に歩いていった。
ーーもう少し話したかったな。
タンザは、その様子をぼんやりと眺めていた。
ビンゴがタンザの肩を叩く。行くぞ、という合図だ。
ーーわかってる。
タンザはうなづいた。
ーー無駄な感情は勝利を遠ざける。次の試合に集中しなきゃな。
タンザとビンゴは、共にアトラクションの外へ出た。ピンクのドレスを着たディズニープリンセスが迎えに来ている。
アイゼンとサオリがアトラクションから出ると、先にリタイアしたギンジロウが、黄色いドレスのディズニープリンセスと共に迎えにきていた。
「大丈夫だったか?」
ギンジロウは、中で起きた出来事を把握していない。ただ、アナウンスだけは聞こえた。サオリが鈴を奪られたことだけは知っている。
怪我はしていなさそう。
ただ、泣いている。
心配で仕方がない。
「沙織さん。どこか怪我したの?」
サオリは俯いたまま、小さく首を振った。
「どうして泣いてんだい?」
「泣いてない」サオリは食い気味に答え、気丈に振る舞った。が、声は震えている。
アイゼンも本当は、「あと10秒がんばれば鈴を守れたのに、どうしてあんなに無抵抗に鈴をとられたの?」と聞きたかった。だが、聞ける雰囲気ではない。
それに、怪我をしなかったことは不幸中の幸いだ。責めても仕方がない。サオリのメンタルケアをした方が、3回戦以降の勝率は上がる。
アイゼンは、サオリを慰めることだけに全力を注ぐことにした。
「沙織、惜しかったね。怪我はなかった?」
サオリはうなづいた。
「よく、タンザに捕まって怪我しなかったね」
「優しかった」サオリはポツリと呟いた。
ーー優しかった? 何を言っているんだろう。もしかして無抵抗だったのは、童話『北風と太陽』のように優しくされたから?
サオリの言っている意味はよく分からない。だが、もう過ぎたことだ。アイゼンはサオリの肩を抱きながら、頭を優しくなでた。ミルクの匂いがする。
「2回戦の結果と3回戦の試合場は、みんなが控室に戻ったら発表されるよー」
現在、午前3時10分。次の試合開始は午前4時6分だ。もう1時間もない。
プーさんの最終アナウンスと共に、各チームは控室へと戻っていった。