第101話 2回戦(15) Second Round

文字数 1,984文字

「沙織ー」クマオが体を揺すっている。
ーーん? ここは? 揺り籠? 墓場?
 サオリが心地よく目覚めたのは、「45分経過」のアナウンスがなった後だった。
ーー試合チューだった!
 慌てて上半身を起こす。体を少し動かしてみる。
ーーあ。結構回復してる。
 サオリは自分の体の調子を確かめると、立ち上がって周りを見回した。ティガーが元気に跳んでいる。トランポリンエリアだ。
ーーあれ? アタピ、ローズ団から逃げられたよね……。
 ティガーの蜂蜜取りエリアからは脱出したはずだ。
ーーなんで、ここにいんの?
 自分の現状が理解できない。
 クマオは、やっと起きたか、という顔でサオリに話しかけた。
「なーなー。沙織ー。調子戻ったか?」
「うん。なんとか」サオリは大きく腕を振り回した。
「なんでアタピ、ここにいんの?」
 クマオは驚いた顔をした。
「覚えてないんか? 沙織、オポポニーチェから、鈴、奪ったんやで!」
「えっ? アタピが?」全く覚えていない。
「せや。ワイの絶妙なアシストのおかげで、沙織は鈴を奪えたんや」
 サオリは、眠る前の事を思い出そうとした。
ーー確か……、イケメンツインズからはうまく逃げたんだけど、なんか安心したら眠くなっちゃったんだ。で、誰かに叩かれて、起きたら、「上上」いうから上向いて、手伸ばしたら、鈴、とってた。あ、ホントだ。で、気づいたら、また寝てて、ここにいた。
「思い出した」サオリは、ぶっきらぼうな声で返事をした。
「やろ! やろ! いいんやで、沙織」クマオは自慢げだ。
「ん?」
「エラいエラいって、頭なでてもええんやで?」
ーーそか。偉い偉い。
 サオリは言われるがまま、クマオの頭をなでた。クマオは嬉しそうだ。
「沙織。このワイがもう一つ、エラいって褒められる事をしてやろか?」
「そんなのあるのー?」アカピルが不思議な顔をする。
「ある! どーや?」クマオのドヤ顔は止まることを知らない。
「お願いします」サオリはぶっきらぼうなまま、軽く頭を動かした。
「しゃーないのー」自分のお腹についているポケットに両手を入れ、ゴソゴソと何かを探す。
「あった! これや、これ」クマオが取り出したのは、水晶のような塊がいくつか入った、透明な小袋だった。
「え? それて……」
 見たことがないが、その小袋は、話に伝え聞く「ドラッグ」というものにしか見えなかった。そんなサオリの思いなど露知らず、クマオは、さっきまでよりも更に得意そうだ。
「そ。元気の素。ブドウ糖や」
「ブドウ糖? グルコースC6H1206?」
 化学の教科書で覚えた単語だ。確か、脳の疲れを癒してくれるもので、1時間につき5グラムずつ消費するといいとか。
「沙織、知らんのんか? これ舐めると、脳の中スーッとするは、体の疲れがとれるわ、心が楽しくなるわと、すべてが良くなる魔法の薬やねん。女王陛下にもろたんやから間違いない。ワイ、ぎょーさん持っとるから、沙織に一粒やるわ。どや?」
 クマオは、また、褒めてくれという顔でサオリを見上げた。
ーーこれが効くか効かないかはわからないけど、アタピの事を考えてくれたのがホント嬉しいよ。
 サオリは本心を隠すため、無表情なままでクマオをポシェットから出し、頭を撫でず、ギュッと人形のように抱きしめた。
「イテテ。沙織、情熱的やなー」クマオは、まんざらでもないという声だ。サオリは、すぐにクマオを抱きしめる行為をやめた。自分の素で出た行動を言葉にされると、内面を見せるのが恥ずかしい。
 嫌な顔をされるかとも思っていたが、そうでもない。早く、自分の自慢するブドウ糖を舐めて欲しそうだ。
 サオリは、クマオから小袋を受けとった。一欠片、つまみだしてみる。
「ドラッグそっくりー」キーピルは嬉しそうだ。
「沙織もついに、悪い大人の仲間入りだね」ピョレットが意地悪い目をする。
 サオリは思い切って、ブドウ糖を口の中に放り込んだ。
ーーわ。
 一舐めした瞬間から、自分の血液がブドウ糖を体中に運んでいく。毛細血管の隅々まで、次々と体が回復していく。血液が脳にまで届き、頭がスッキリと冴え渡る。
ーーなんじゃこりゃー!!
 これが「ドラッグだ」と言われても、迷う事なく「そうだろうな」と思えるほどの高揚感。
 口元が緩み、頬が上気しているサオリを見ながら、クマオは、「今だ」とばかりに元気よく声をかけた。
「沙織ー。楽しいやろー」
「楽しー!」
「無敵感あるやろ」
「うん! スペイン無敵艦隊!!
「よし! ほなイタリア攻めたるか!!
「あの、戦争の下手な国に、ニホン魂、見せつけちゃるっちゅーの!」
「よっしゃ、いくでー!!
 なぜかサオリの最後のかけ声は、全ピョーピルも声を揃え、同じ台詞で叫ぶことができた。
「ファイヤーワーク!!
 みんなで右拳を高々とあげる。興奮は最高潮。うなぎ上りどころか龍昇りになり、アトラクション全体へと広がっていった。
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