第212話 VIPルームB(1) VIP Room B

文字数 1,757文字

 VIPルームBにいる面々は、支持しているリリウス・ヌドリーナが優勝したというのに、喜びの表情を見せなかった。ただ嬉しくないわけではない。大人とはこういうものだと思っているからだ。ただ、それぞれが胸の中で、安堵と喜びを噛み締めていた。
「ま……デュポン家の名前を使ったのだ。当然といえば当然の帰結だな」アルフレッド・V・デュポンは、眉間に皺を寄せてつぶやいた。
「ええ。それに、私の部下ですからね」マルコ・リリウスも微笑む。
「にしても、少々、焦らされたよ」アルトゥーロ・ラブリオラは、額の汗を拭いたハンケチで顔をあおいでいる。
「演出ですよ」面倒な男だと心の中で思いながらも、マルコはラブリオラに話を合わせた。
「全く。心臓に悪い演出は無しにしてもらいたいな」ラブリオラは空気を読めずに、一人で高笑いをする。マルコも一応、笑顔だけは見せておいた。
 三人の会話に、アントワネット・ラヴォアジェは参加していない。生まれついての学者脳なのだ。次回以降の実験について考えている。
ーー被験体Tは延長戦までやってくれた。おかげでH2の貴重な実戦データがとれた。それに、エスゼロのSSも見ることができた。あれは便利だ。PSの擬似化も試したい。要人の警護にも利用できるかもしれない。
 アントワネットは、ドリームメーカーの師匠に育てられた。フィロソフィアーが使う賢者の石については、基礎中の基礎も知らない。ストッピング・ストーンという技がある、と伝え聞いた程度だ。
 フィロソフィアーなら賢者の石しか使えない。ファンタジスタだったらファンタジーしか使えない。ドリームメーカーならファンタジーを作ることしかできない。これは、組織に入っていないノラ錬金術師にはよくある。
 ダビデ王の騎士団では基礎から修行していき、途中で自分の特性を決めていく。ここが、他の秘密結社よりも強いといわれている最大の理由である。
 アントワネットは、今回の実験結果に満足すると同時に、新たな研究欲も湧いてきた。知らないことはまだまだたくさんあるようだ。
 ただ、これら全ての研究は、販売という成果に結びつかなければ、デュポン家からの莫大な資金供給は停止する。
ーーまずは、今、完成しつつあるH2の改良ね。
 アントワネットは、自分のメモ帳に変更可能点を書き続けていた。頭の中はもう自分の研究所に戻っている。
 アルフレッドは、そんなアントワネットを見てうなづいた。彼女の邪魔をすることは無粋なことだ。
ーー苦戦はした。だが、良い結果が出た。
 試合の勝敗にはさして関心がない。関心があるところは、商売に関する部分だけだ。アントワネットの研究が進めば、これほど良いことはない。
ーーしかし……。
 アルフレッドは考えた。
ーーFは物理的な全ての衝撃が通らない、という話を聞いていた。だが、簡単にH2は壊された。つまり、本当の錬金術師には敵わないということだろうか。これは、物理的に製作する以上、仕方がないことなのだろうか。
 どちらにせよ、H2はまだ改良の余地がある。販売の域には達していない。
ーーしかし、遺伝子操作については成功しているようだ。各方面からの質問が殺到している。今回はひとまず、これでいい。上出来だ。
 階下では、部下たちが、予定枚数分の営業用名刺を配り終えていた。それでもまだ、問い合わせの客が来ているようだ。借りている商談用の個室は全て埋まっている。急いで簡易的な名刺を作っている姿も見える。
 名刺には、QRコードとシリアルナンバーが書かれている。ダークウェブ内のホームページに接続して入力すると、シリアルナンバーで誰がアクセスしたかがわかるシステムだ。これが、情報漏洩防止の抑止力になっている。デュポン家ほど絶大な力を持つグループに身元がバレていたら、絶対に裏切るような行為を取れない。『自殺に見せかけた他殺』という結末しか待っていないのだから。
 それでもデュポン家と取引がしたいという者は、より強く、より大きくなることしか考えていない。遺伝子操作に興味を持っている客ならば、他の物も販売できる可能性が高い。デュポン家は、まだ実験段階ではあるものの、たくさんの最新兵器や薬を用意している。RPGでいう特殊道具のようなものだ。人生というゲームをより簡単に進めることができる。
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