第68話 1回戦(6) First Round

文字数 2,056文字

「20分経過だ、ドーン」
 音楽はなだらかに終わりをむかえ、ティーカップはゆっくりと止まっていく。
 オポポニーチェたちの乗ったティーカップは、サオリたちから離れた場所に止まった。距離にして6メートルといったところだ。
「おやー?」オポポニーチェが首を傾げた。
 サオリたちは身構える。
「ちょっとお待ちなさい。白い服のイタリア人たちが、何かをやるようですねー」
 とりあえずの同盟軍の動きより、目の前の敵だ。アイゼンとギンジロウは、オポポニーチェから目を離さなかった。
 だが、サオリだけは、ついタンザたちを目で追ってしまった。自分の前にアイゼンたちがいるという油断からだろう。

 アトラクションから離れたタンザたちは、柵の向こうで屈伸運動をしている。
「よっし。いくか」タンザは上を見た。
 視線の先には、屋根の端についた突起に足をかけたカンショウが、身軽にタンザたちを眺めている。不気味な笑顔だ。
 カンレンは屋根の反対側から下を覗き、他の場所から敵が上がってこないかどうかを監視している。ジャクジョウは屋根の真ん中にいる。どちらかに緊急事態が起きた際、素早く助けにいくことが出来る。
 現在リリウス・ヌドリーナと対峙しているのは、カンショウ1人だ。
 2メートル半近い身長のビンゴやタンザならば、跳躍すればカンショウに手が届く。だが、動きは丸見えだ。カンショウは素早い。足をとろうとしても捕まえられない。登ろうとすれば、屋根にかけた手を思い切り蹴飛ばされる。
 170センチしかないカンショウと、2メートルを超えている戦慄の巨神兵たちの間には、4倍近い体重差がある。攻撃に耐えて登るという方法もある。
 だが、合図ひとつで190センチを超えているジャクジョウがやってくる。体が無防備になった瞬間を狙われたら、ひとたまりもなく落とされるだろう。
 それに、屋根によじ登る際、必ずカンショウたちの前に鈴を曝け出さなくてはならない。しかも、カンショウたちの尻尾は後ろにある。奪われる前に奪うこともできない。完璧な防御体制だ。 
 それでも、ビンゴはカンショウを見上げ、笑みを浮かべた。全く自信が揺らいでいない。
 ビンゴはタンザと目を合わせた後、隣にいるボルサリーノのお尻を、ハンドボールのように無造作に掴んだ。ボルサリーノは軽くて細い。座るようにしてビンゴの右手におさまる。
「ふんっ」
 ビンゴは、長い腕を真上に振り、ボルサリーノを、高く空中に放り投げた。
 ボルサリーノはビンゴの指に足を乗せ、より高く、より速く上昇する。
 カンショウが届かないギリギリの距離を、まるで打ち上げロケットのように、真っ直ぐに飛び上がっていった。
 高さは屋根の上、どころではない。
 さらに倍近く、高く高く上がっていく。
 10メートルはあろう。
 こんなにも高くまで人間が放り投げられること自体にも驚きだが、そんなにも高くまで投げられたら、落下時の衝撃はとんでもない。4階のビルから飛び降りるようなものだ。軽いケガではすまないだろう。
 高速で投げて屋根にしがみつかせる、という作戦が失敗したのだろう。だが、その代償はあまりにも大きすぎる。
ーーえっ!? 飛んでった!?
「飛んでったバナナ!!」キーピルが指差す。
 サオリは柵から身を乗り出し、ボルサリーノの行方を確かめた。
ーー危ないよ! もし地面に落ちちゃったら死んじゃうかも。でっかい人たちが助けなかったら、アタピが横から体当たりしよう。落下速度が弱まるはず。
 周りにいるザ・ゲームの係員たちも構えをとっているが、彼らが手助けをするのはルール違反だ。ケガをした後でないと助けられない。リタイアをした競技者にしか手は貸せない。

 屋根の上にいるカンショウは、上昇していくボルサリーノを目で追った。
 背が高いビンゴとはいえ、地面から攻撃しようとすれば避けられる。それよりも、これから落下してくるボルサリーノだ。ギリギリ手が届く距離に飛んでいる。
ーーまずは、上にあがったこいつの鈴をとる。
 もちろんタンザとビンゴの動きにも注視しながら、カンショウは屋根から身を乗り出した。
「SV」タンザが低く呟く。
 同時に、ビンゴがその場で軽く跳躍した。
 ビンゴの長い右腕が、ありえない速度で振られる。まるで鞭のようだ。今までの倍近くの長さに伸びる。届かない距離と思っていたカンショウの胴体を、まるでハエ叩きのように撃ち抜く。
 反射神経を凌駕する速度。
 それでも、さすがはカンショウだ。かろうじて両腕でガードする。
 だが、圧倒的な体重が乗った一撃だ。カンショウの両腕をモノともしない。屋根から引き抜いた。
 ビンゴはカンショウを捕まえたまま、ほぼ垂直に近い形で地面に叩き落す。
 カンショウは、かろうじて受け身をとった。
 高高度。
 高速度。
 落とされたカンショウの体は、大きくバウンドした。
 一度の痙攣。
 その後、動かない。
 ビンゴはゆっくりと、倒れたカンショウの尻尾を摘みとった。
「21分42秒。ネズミチーム。真言立川流。観照。アウトだ、ドーン!!
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