第170話 4回戦(13) Final Round

文字数 1,777文字

 先ほどまでは司会の顔をしていたが、部屋に入ればザ・ゲーム委員会で一番偉い人間だ。そして判断は、常に力を持った者によっておこなわれる。各国の政治も、会社も、オリンピックも同じだ。力のないものがどんなに叫んでも、決断は強者のみに許される。
「どうしますか?」
「即決だ。このまま続ける」早く解説席に戻って試合を観たい。クーは頭の中で出していた結論を言い放った。
「いや、お待ちください」ネイティブ・ハワイアンにしては細くて長い老人が異議を唱える。スーツがお似合いだ。足腰は衰えた老人だが、まだまだ瞳には生気がみなぎっている。カイナル副委員長。クーが子供の頃から役職についているザ・ゲーム委員会の重鎮だ。先代とも親友だった。つまり、この部屋で唯一クーに並ぶ力を持つ人間だ。
「クー様。歴史あるザ・ゲームです。ここでルールを遵守しなければ、今後ザ・ゲームに対する信頼は失われます。ぜひご一考を」
「ご一考? どう考えるのだ?」クーは憤慨した。
「ですからルール通り、GRCに失格処分を下すのです」
ーーカイナル。とんだ石頭め。そんなことをしたらどうなるか分かっているのか?
 黄金薔薇十字団はバンディ家の後ろ盾を得て参戦している。ルール通り失格とすると、黄金薔薇十字団やバラ十字会に対して処分を下さなければならない。13血流を敵に回す行為は出来るだけ抑えるべきだ。幸いなことにフォーはホムンクルスだし、味方が味方に攻撃しただけだという抜け道もある。だったら何知らぬ顔をしてザ・ゲームを進めた方が組織にとっては都合がいい。
 また、黄金薔薇十字団は1位ではなくなったが、2位や3位にはなる。失格にしてしまえば、三連単で賭けている客に対して払い戻しをしなければならない。ザ・ゲームとしてはとんだ興醒めだ。
ーーこんなことがなぜ分からないのだろう。
「いや。予定通りにこのまま続ける」クーは他の委員会メンバーに指示を出した。
「お待ちください。ならば理由をはっきりとお聞かせください」カイナルはしつこく迫る。自分たちが作り上げてきたザ・ゲームだという自負があるのだ。歴史を軽々しく崩されたくはない。ひと時の儲けやおべっかのために格式まで崩されてはたまらない。
ーー理由? ここにいる皆が分かっている。ただ、口に出さないほうがいい事実もある。お前も分かっているだろう。
「時間がない。いい。委員会の最終決定権は委員長にある。これもルールで決まっている。今は即断即決しなくてはいけない時だ。客を待たせてはならない。ルール上問題ないというアナウンスを場内にかけろ」
 8人いる委員会メンバーの意見は半分に分かれている。年老いたメンバーがカイナル派。若いメンバーがクー派になっている。だが、誰も委員長の決定に逆らうことはできない。
「了解です」委員会で1番若いマコアは、他のメンバーを押しのけてアナウンス室へと向かった。
「ちょっと待て」クーはマコアを呼び止めた。
「くれぐれもルールに則っているということを強調しておいてくれよ。格式を落とさないように。アオロナ。一緒についていってアナウンスの言葉を作成してやってくれ」
「かしこまりました」1番の長老であり、いつも温和で知的なアオロナは、マコアの後について部屋を出ていった。
ーーふうむ。
 どちらにつくか迷っているエウセビオは感心した。50歳は超えているが、メンバーの中では1番柔軟な思考の持ち主だ。
ーーカイナルの渋い顔も分かる。クーは独善的すぎる。だが決断も早く、カイナル派の心情も考えている。何より体裁を整えるということの重要性をしっかりと理解している。
 エウセビオにとって、委員会がどんな決断を下すかはどうでもいい。体裁を整えるということが1番重要だと思っている。上手い言い方をして客を誤魔化せるならそれで良い。決断は必ず下さなければならないが、難しい選択肢を前にして全員が納得できる決断はない。 
ーー新しいクー。若造と侮っていたが、なかなか見どころのある男だ。それに比べてカイナルは、どうしても昔ながらを重んじてしまう。時代に取り残されることを分かっていない。老いとはこういうものなのだろうか。
「後はよろしく頼む」言い残し、足早に部屋を出ていくクーのごつい後ろ姿。
ーー地位は人を育てる、か。
 年齢こそ半分ながら、エウセビオはクーに対して頼もしさを感じた。
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