第151話 着火(1) Ignition

文字数 1,736文字

 アイゼンはいない。サオリも出ていった。誰もいなくなったラウンジにいても仕方がない。ギンジロウは模擬刀を振って心を落ち着かせようとした。外に出て一心不乱に振り続ける。しかし、振っても振っても心が鎮まらなかった。理想通りの活躍ができていないからだ。
ーー俺は沙織さんや愛染を助けるためにこの試合に参戦した。KOKでも先輩だ。なのに現状、足を引っ張っている。俺は騎士だ。剣道だけじゃない。柔道、銃術、捕物術まで幼い頃からずっと練習してきた。全てが一流だという自負がある。クエストだってたくさんこなしてきた。師匠と一緒にS級任務にも何度も成功した。
 ギンジロウは模擬刀を振り続けた。
ーーその俺が最終戦に至っても迷走している。どうしたらいいのかわからない。今までの得点はほとんど愛染がとったようなものだ。沙織さんもあのオポポニーチェから金星を奪っている。なのにこの俺の体たらくときたら。師匠がいないと俺は何にも考えられないのか?
 振っても振っても迷いが消えない。
ーー次の試合、俺が活躍できないせいで負けたらどうしよう。KOKに復帰したい。沙織さんから褒められたい。けど活躍できるビジョンが思い浮かばない。
「試合開始までは残り30分となりました」アナウンスだ。
 焦りは払拭できない。なんの解決策も見出せない。遠くから小さな人影が歩いてきた。クマのぬいぐるみを抱いている。サオリだ。ギンジロウの模擬刀を振る手が止まる。近くまでくる。目が合う。こういう時、恋をしていると相手に何かしらの反応を求めてしまう。
ーー練習して偉いねって褒められるかな。それとも今の情けない顔を見て心配してくれるかな。
 ドキドキ。
 サオリは表情を変えず、ただ口を広げ、片手を軽く上げた。
 それで終わり。もう振り返らない。そのままラウンジに行こうとする。義理サオちゃんスマイルだ。
ーーえっ? それだけ?
 欲望は止まらない。ギンジロウは模擬刀をおろしてサオリに話しかけた。
「沙織さん」
ーーん?
 サオリは足を止めて振り向く。
「いよいよ最終戦ですね」
 サオリはうなづいた。
「緊張してない?」
 サオリは親指と人差し指の間にちょっとだけ隙間をあけて見せた。このくらい緊張してる、という表現だ。
 何も話してくれない小さな美少女。こういう時は恋している方が勝手に妄想し、そして暴走する。ギンジロウは自分の気持ちを打ち明けたくなった。男として不安を持ってはならない。女に甘えた気持ちになるなんて男らしくない。そんなことは分かっている。だが、切羽詰まれば仕方がない。精神だって異常をきたす。
「沙織さん」呼吸が苦しい。
「俺は、緊張している」ギンジロウは自分の手を見せた。震えている。
「どうすればいいのか分らないんだ」
 サオリは首を横に傾けた。どうして、という顔だ。全く不安がないように見える。
「沙織さんはどうして緊張してないの?」
「やるしかないから」サオリは無表情に答えた。
 ギンジロウは当たり前のことを言われてさらに焦った。確かにやるしかない。分かっている。
「俺だってやる。やるよ。でも、どうしたら俺は活躍できるんだ?」
「鈴、取る。尻尾、取られない」サオリはいつも以上にあっさりとしている。ボルサリーノのことを考えていたからだ。一方でギンジロウの熱は上昇していく。
「わかってる。けどどうやったら鈴を取れるんだ? 相手は化け物だぞ?」
「化け物じゃない。人間」
「人間なら戦える。いくら強かろうがタンザとは戦えるし勝算もある。ヘンリーだって同様だ。ただオポポニーチェ。あの男は本当に人間か? 勝つイメージが全く湧かないんだよ」
 錬金術師同士の戦いにおいて、戦士タイプのフィロソフィアーと魔術師タイプのファンタジスタには相性がある。ファンタジスタのファンタジーになす術がないことはよくあることだ。
「その対策は私が教えよう」
ーーえっ?
 女性の声。ギンジロウは振り向いた。アイゼンだ。アイゼンはまず、サオリに声をかけた。
「沙織。準備はできた?」
 サオリは首を横に振る。
「してくる」クマオを抱いたままラウンジへと入っていく。まるでベッドルームにでも入るかのような気軽さだ。サオリが扉を閉めたことを確認し、アイゼンはギンジロウにゆっくりと話し始めた。
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