第47話 1週間(3) One Week
文字数 2,464文字
ーーこの1週間、やるべきことは全てやった。
サオリは準備を整え、ベットに寝転んで体力を蓄えていた。
今は18時。21時30分に、ザ・ゲーム委員会から迎えが来るらしい。
体の小さなサオリだ。ここは少しでも体力温存のために寝ておきたい。だが、目や頭は冴えに冴えていた。
実は、最近あまり眠れていない。お互いの身につけた尻尾や鈴を取り合うだけのゲームだが、巨大な体格のマフィアや得体の知れない宗教家相手、大量殺人者が相手となると、はたして自分の顔に傷がつかずにいられるかどうか。練習で鈴を狙われる時、相手の攻撃が顔に当たることが、たまにあったのだ。
サオリは子供の頃、小規模な戦争やゲリラの襲撃に巻き込まれたことが何度かある。マサヒロの冒険についていったからだ。その時、ルールのない人間の残虐性については、痛いほど分かっていた。
前回のソングナンバーゼロ事件でも、サオリがいかに子供に見えるからといって、敵は容赦はしてくれなかった。むしろ、嗜虐性が増しているようにすら感じた。しかも今回は、賢者の石を持っていない。錬金術も使えない。いくらアイゼンがいるからといって、自分より強い相手と1対1で戦う場面は必ずおとずれる。
ーーうー、不安。眠れない……。
「羊、数えてあげよっか?」アカピルが頭を撫でる。
「羊が1匹、羊が2匹……」アオピルは優しい。
「なんで羊を数えんだろ?」キーピルは不思議がった。
ーーイギリスで始まって、「スリープ!」と自分に言い聞かせていたら、眠くて「シープ」になっちゃったっていうのが語源らしいよ。
ミドピルは、先にサオリに蘊蓄を言われて不服そうだ。
「じゃあ日本語で数えても意味ないじゃん!」シロピルはツッコむ。
ーーん。
ピョーピルと会話なんかしていると、益々眠れなくなる。
ーーまいった。
「ん? サオリ、眠れへんのか?」
クマオが聞いてくる。いつの間にか起きているようだ。クマオはいつ動いて、いつ動かなくなるのか本熊でもわかっていなかったが、最近は、サオリが助けて欲しい時には起きていることが多い。
「うん」
サオリは薄目を開けてうなづいた。
「ほな、しゃーないなー」
クマオはベッドに上がってきて、サオリの布団の中に潜ってきた。
ーーわ。いい匂い。
「どや? これでもかいうくらいいい匂いするやろ。これはベルガモットの香りや」
みかんのような、アールグレイのような、安らぐ香りがする。
「ワイもな、サオリが修行しとる間、一生懸命修行しとったんやで? これはパフュームいうファンシーや。どうやって修行したかやて? ワイはチャタローに秘密の猫穴連れてってもろてんねん。そっからリアルカディアにヒューとやな……」
クマオが囁くように何かを話しているが、全てが子守唄に聞こえる……。
寝返りで偶然ついたベットライトがサオリの頬を照らす。その温かさでサオリは目を覚ました。ここ最近眠れずにたまっていた疲労が、まるで嘘のようになくなっている。
ーーわー、クマオのおかげ。
サオリは、横で眠っているクマオをギュッと抱きしめた。クマオは両腕をだらーんとしたまま、グターッとして普通のぬいぐるみのようにピクリとも動かない。
ーーあれ? 今度はクマオが疲れちゃったのかな?
部屋の隅にあるキノコ型の置き時計を見ると、時間は20時30分を指している。
ーーあら。いい時間。1時間後に迎えがきて、0時ピタコに試合始まる。あと3時間ちょっと。脳内メカニズムに最適ね、奥様ンサタバサ、と。ラッキー♪ 起ーきよっ。
サオリは、仰向けに寝転がったまま両足を高く上げ、振りかぶった勢いで一気に跳び起きた。
ーーうん、絶好調。
体が軽い。サオリは1階に降り、消化力の高いバナナとおじやを少しだけ食べ、柔軟運動をしてお風呂に入り、部屋の入口にかけておいた服に着替え、化粧までを完璧に済ませた。忘れ物チェックもしたが、まだ余裕がある。
ーーザ・ファッションショー。
大きめのショルダーバックの紐を長めに肩にかけ、全身鏡で自分の姿をチェックする。濃紺のストレッチジーパン。白を基調として、沢山のペガサスと星がちりばめられてあるブラウス。その上に、ワッペンおじさんをつけた黒のカーディズンを羽織っている。これで黒いトレッキングシューズを履いたら、ファッションも完璧だ。
もちろん試合会場がどういうところかがわからないので、どんな場所にも耐えられるように動きやすい服と靴もいくつか持っていくが、トレッキングシューズは底が厚いので、身長を盛れるところが気に入っている。
間もなく、ザ・ゲーム委員会が迎えにきてくれる時間だ。家のまえにトラックが止まる。呼び鈴が鳴り、玄関が慌ただしくなる。誰かとミハエルが話をしている。いよいよだ。
「よし」
サオリはショルダーバッグを掴み、両頬を軽く叩いて気合いを入れた。ピョーピルは寝ているのか、今日は静かだ。ベットから声がする。
「待ちー。忘れ物、しとるやろ」クマオだ。
「えっ、何を?」
クマオは悲しそうな顔をした。
「ワイや、ワイ。親友のワイを置いていったらいかんやろ。それともあれか、親友だーなんて言うのは嘘っぱちのデコッパチの、その場シノギの出任せだーいうんかい? おー。人間ちゅうのは裏切るもんやでーって、ワイに身を以て思い知らせたろかーっちゅーことか?」
「来る? 来ても人がたくさんいるから、クマオは家にいたほうがいいかなーって思った」
「あったり前やないかい!! ワイら親友やろ? 前とは違ってサオリが闘うんや。一緒におらんと、いざゆう時に助けられへんやないか!!! 一緒に蜂蜜色の日々、ぶちまけたろー!」
サオリは、クマオがなんの打算もなく自分を助けてくれようとしていることが嬉しかった。
「うん! 親友!!」
サオリはクマオをベットから持ち上げると、普通よりちょっと強めに抱きしめた。
ーー勇気が湧いてくる。
「サオリー。用意できてるかー」ミハエルだ。
「今行くー」
クマオは自主的にバッグに入り、サオリは何の憂いもなく、軽やかに階段を降りていった。
サオリは準備を整え、ベットに寝転んで体力を蓄えていた。
今は18時。21時30分に、ザ・ゲーム委員会から迎えが来るらしい。
体の小さなサオリだ。ここは少しでも体力温存のために寝ておきたい。だが、目や頭は冴えに冴えていた。
実は、最近あまり眠れていない。お互いの身につけた尻尾や鈴を取り合うだけのゲームだが、巨大な体格のマフィアや得体の知れない宗教家相手、大量殺人者が相手となると、はたして自分の顔に傷がつかずにいられるかどうか。練習で鈴を狙われる時、相手の攻撃が顔に当たることが、たまにあったのだ。
サオリは子供の頃、小規模な戦争やゲリラの襲撃に巻き込まれたことが何度かある。マサヒロの冒険についていったからだ。その時、ルールのない人間の残虐性については、痛いほど分かっていた。
前回のソングナンバーゼロ事件でも、サオリがいかに子供に見えるからといって、敵は容赦はしてくれなかった。むしろ、嗜虐性が増しているようにすら感じた。しかも今回は、賢者の石を持っていない。錬金術も使えない。いくらアイゼンがいるからといって、自分より強い相手と1対1で戦う場面は必ずおとずれる。
ーーうー、不安。眠れない……。
「羊、数えてあげよっか?」アカピルが頭を撫でる。
「羊が1匹、羊が2匹……」アオピルは優しい。
「なんで羊を数えんだろ?」キーピルは不思議がった。
ーーイギリスで始まって、「スリープ!」と自分に言い聞かせていたら、眠くて「シープ」になっちゃったっていうのが語源らしいよ。
ミドピルは、先にサオリに蘊蓄を言われて不服そうだ。
「じゃあ日本語で数えても意味ないじゃん!」シロピルはツッコむ。
ーーん。
ピョーピルと会話なんかしていると、益々眠れなくなる。
ーーまいった。
「ん? サオリ、眠れへんのか?」
クマオが聞いてくる。いつの間にか起きているようだ。クマオはいつ動いて、いつ動かなくなるのか本熊でもわかっていなかったが、最近は、サオリが助けて欲しい時には起きていることが多い。
「うん」
サオリは薄目を開けてうなづいた。
「ほな、しゃーないなー」
クマオはベッドに上がってきて、サオリの布団の中に潜ってきた。
ーーわ。いい匂い。
「どや? これでもかいうくらいいい匂いするやろ。これはベルガモットの香りや」
みかんのような、アールグレイのような、安らぐ香りがする。
「ワイもな、サオリが修行しとる間、一生懸命修行しとったんやで? これはパフュームいうファンシーや。どうやって修行したかやて? ワイはチャタローに秘密の猫穴連れてってもろてんねん。そっからリアルカディアにヒューとやな……」
クマオが囁くように何かを話しているが、全てが子守唄に聞こえる……。
寝返りで偶然ついたベットライトがサオリの頬を照らす。その温かさでサオリは目を覚ました。ここ最近眠れずにたまっていた疲労が、まるで嘘のようになくなっている。
ーーわー、クマオのおかげ。
サオリは、横で眠っているクマオをギュッと抱きしめた。クマオは両腕をだらーんとしたまま、グターッとして普通のぬいぐるみのようにピクリとも動かない。
ーーあれ? 今度はクマオが疲れちゃったのかな?
部屋の隅にあるキノコ型の置き時計を見ると、時間は20時30分を指している。
ーーあら。いい時間。1時間後に迎えがきて、0時ピタコに試合始まる。あと3時間ちょっと。脳内メカニズムに最適ね、奥様ンサタバサ、と。ラッキー♪ 起ーきよっ。
サオリは、仰向けに寝転がったまま両足を高く上げ、振りかぶった勢いで一気に跳び起きた。
ーーうん、絶好調。
体が軽い。サオリは1階に降り、消化力の高いバナナとおじやを少しだけ食べ、柔軟運動をしてお風呂に入り、部屋の入口にかけておいた服に着替え、化粧までを完璧に済ませた。忘れ物チェックもしたが、まだ余裕がある。
ーーザ・ファッションショー。
大きめのショルダーバックの紐を長めに肩にかけ、全身鏡で自分の姿をチェックする。濃紺のストレッチジーパン。白を基調として、沢山のペガサスと星がちりばめられてあるブラウス。その上に、ワッペンおじさんをつけた黒のカーディズンを羽織っている。これで黒いトレッキングシューズを履いたら、ファッションも完璧だ。
もちろん試合会場がどういうところかがわからないので、どんな場所にも耐えられるように動きやすい服と靴もいくつか持っていくが、トレッキングシューズは底が厚いので、身長を盛れるところが気に入っている。
間もなく、ザ・ゲーム委員会が迎えにきてくれる時間だ。家のまえにトラックが止まる。呼び鈴が鳴り、玄関が慌ただしくなる。誰かとミハエルが話をしている。いよいよだ。
「よし」
サオリはショルダーバッグを掴み、両頬を軽く叩いて気合いを入れた。ピョーピルは寝ているのか、今日は静かだ。ベットから声がする。
「待ちー。忘れ物、しとるやろ」クマオだ。
「えっ、何を?」
クマオは悲しそうな顔をした。
「ワイや、ワイ。親友のワイを置いていったらいかんやろ。それともあれか、親友だーなんて言うのは嘘っぱちのデコッパチの、その場シノギの出任せだーいうんかい? おー。人間ちゅうのは裏切るもんやでーって、ワイに身を以て思い知らせたろかーっちゅーことか?」
「来る? 来ても人がたくさんいるから、クマオは家にいたほうがいいかなーって思った」
「あったり前やないかい!! ワイら親友やろ? 前とは違ってサオリが闘うんや。一緒におらんと、いざゆう時に助けられへんやないか!!! 一緒に蜂蜜色の日々、ぶちまけたろー!」
サオリは、クマオがなんの打算もなく自分を助けてくれようとしていることが嬉しかった。
「うん! 親友!!」
サオリはクマオをベットから持ち上げると、普通よりちょっと強めに抱きしめた。
ーー勇気が湧いてくる。
「サオリー。用意できてるかー」ミハエルだ。
「今行くー」
クマオは自主的にバッグに入り、サオリは何の憂いもなく、軽やかに階段を降りていった。