第44話 契約(2) Contract

文字数 2,360文字

「これが試合で使う鈴と尻尾だ」
 クリップ式になっている。つけ慣れているようだ。ウルは自分の首とお尻につけ、アイゼンを立たせた。
「まず、尻尾を取ろうとしてくれ」
 ウルは腰をかがめる。衣装が窮屈そうだ。動くたびに鈴がチリンチリンと鳴る。
ーーわー。むぼーだー。
「無謀だーシャツ」アカピルとシロピルが、腕を交互に合わせて笑う。
 アイゼンはジリジリと間合いを詰め、3回フェイントを入れた後、一足飛びにウルに飛びかかった。世界一の剣士が、全力ではないものの尻尾を取ろうとする。だが、ウルが腰を引くだけで届かない。なかなかの動きだ。
「後ろについた尻尾はなかなか取れないだろ? それじゃ、君も立ってくれ」
 ギンジロウも参加すると、前後から挟み込んで、簡単に尻尾を取ることができた。
「これが作戦の基本だ。次に鈴を狙ってくれ」
 ウルは自分の首を指さした。正面から向き合っても手が届く位置にある。自分がネズミだったら圧倒的に有利だ。
ーーけど、鈴同士だと……。
「こうやって向かい合うと、どうしても相手を攻撃しなくては取ることができない。そこでバトルが始まる、ってわけだ」
「なるほど。なかなか面白そうね」
 ウルは説明を終え、鈴と尻尾を机の上に置いたあと、アイゼンの言葉に言葉をかぶせた。
「面白そうに感じているみたいだが、これは組織ごとの意地をかけた戦いだ。得点を奪るためだったらなんでもしてくる。ルールは殺さなければ何をしてもいい。それだけだ。攻撃のバリエーションは極端に広い。危険な戦いだぞ」
ーー望むところだ。
 サオリは心の中で猛った。
ーーもう絶対負けない!
 ギンジロウは、ヘンリーに負けた時のことを思い出した。
ーーということは、私たちにも攻撃の幅が広がるってことね。
 アイゼンが恐れていたのは、細くて狭い通路での1対1の素手みたいな、頭脳を使えず体力で押し潰されてしまう武力戦だけだった。だが、これだけ自由なルールだ。サオリとギンジロウという駒があれば、ミハエルとヤマナカとマサヒロが相手でも勝てる可能性を作り出すことができる。
「それで、どういう相手と戦うのかはわかるの?」
 ウルは、対戦相手の真言立川流、リリウス・ヌドリーナ、黄金薔薇十字団について話をした。
「真言立川流は、少林寺拳法のように独自の武術を発展させているらしい。だが、秘教ゆえに表には出てこない。どのくらい強いのかは未知数だな。リリウス・ヌドリーナは、強いと評判だ。ヌドランゲタの中でも一二を争う武闘派として名が通っている。黄金薔薇十字団は、歴史ある錬金術ギルドだ。今回、武器の使用は禁止されているが、完全犯罪集団という噂もある。何をするかはわからないな」
「なるほど」
 出場選手の詳細までは教えてもらえない。あくまで特徴だけだが、アイゼンはうなづきながら頭の中に完全にインプットした。
ーーえー。なにこれ ! お坊さんやマフィアや犯罪者と一緒に追いかけっこするなんて! こんなの、パパやミハエルだって、きっとやったことないよ! スーパーロマンチ!!
「怪我するかもしれないよ」アオピルが震える。
「ちーん」ピョレットがニヒルな顔だ。
ーーでもヒロインって、そういう危機をサラッとかわすもんでしょ?
「サクッと殺されちゃったりして」キーピルが首を掻き切る仕草。
「お坊さんがいてちょうどよかった、なんてね」アカピルは自分の頭を触る。
「沙織は死ぬ寸前に、立川流に改宗しましたー」ミドピージョークだ。
 サオリは、ピョーピルの軽口など聞く耳持たなかった。自分がずっと修行してきた仙術を、いよいよフル活用できる機会がやってくる。しかも親友のアイゼンとともに。

ーーこんなの、楽しみでしかない!
「待ってろ! 裏社会の住人ども!!」シロピルが叫ぶ。
 不安よりも楽しみの方が先に立って、サオリの心の中のライオン丸は、「うおおおおおおお」と吠えまくっていた。

 ここでフタバは、3人と別れなければいけない。フタバがフリーメイソンとしての階級が高いので、サオリたちに有利な情報を話されないためにだ。
 フタバは、アイゼンとギンジロウに軽く挨拶をした後、しゃがんでサオリと同じ目線になった。
「信じてるぞ」珍しく真剣なトーンでサオリと目を合わせる。
ーーあ! イケオジ。
 真剣な顔は一瞬だ。フタバは、またいつものようにニコニコとして、トリュフと共にどこかへ去っていってしまった。

 しばらくすると、煽り映像を撮影するということで、ザ・ゲーム委員会から撮影班もやってきた。サオリは学校で英語を勉強しているのに、使える機会が最近はなかったので、英語も喋れて、チヤホヤされて、可愛い映像を撮られて、大満足なインタビューとなった。

 全てが終わった後は、3人でファミレスだ。カリカリポテトを食べながら、今後について話し合う。話し合いは、頭のいいアイゼンが中心になって進められた。サオリは、そりゃ当然という気持ちで、嫉妬がないことに気がつきもしない。リーダーとは、なるべくしてなるもの。それくらいしっくりとした位置関係だった。
 話し合いの結果、3人は、できるだけ毎日会って、キャッチ・ザ・マウスの練習をすることになった。明後日からは夏休み。サオリにとってもちょうどいい。

 今日一日で、一番不満だったのはクマオだ。てっきり、自分のことを知っている人ばかりいるところで、思うさま弾けられると思っていたのに。
 家に帰ると、クマオはリュックから飛び出し、あたり構わず八つ当たりを繰り返していた。ぬいぐるみが暴れても何も壊れない。サオリは、クマオが殴ってくるのを片手で相手し、上へ下へと思い切り弾き飛ばして一緒に遊んだ。
ーー明日から楽しみ!
 サオリは、目標があるって良いなと思い、心の中に深い充実感を感じた。いよいよ勝利に向けた特訓が始まる。
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